ヘルピングハンズ・アーカイブス/【2011年】東日本大震災と教会の支援活動

2011年・ヘルピングハンズ(助けの手)活動

災害復興支援/当時の記録映像(約12分)

 

【災害時緊急支援】

支援物資の提供、傾聴ボランティア

2011 年に発生した東日本大震災の大惨事にあたり,ヘルピングハンズでは東京に緊急災害対策本部を,仙台に現地災害対策本部を設置し,安否確認,被災地情報の収集と緊急支援物資の輸送に当たりました。まず,毛布1 万5,000 枚が中国から緊急輸入され,寒さに悩む避難所へ届けられました。

車両が通行できる経路の情報を集め,被災地の必要を汲み上げて,必要なものを必要なところへ必要なタイミングで届けるよう調整を行いました。品不足となったガソリンの調達も独自に行い,支援物資を届ける足を確保しました。また被災地で今現在,何が必要とされているか,刻々と変化する現地の情報を把握するために,燃費のいい原付バイクが送られました。

全国の教会で集められた食料,水,燃料,衣類,寝具ほか生活用品一般は,緊急支援物資として現地災害対策本部(仙台)へ送り,一時的に集積しました。そこを物流基地として,津波被害を受けた太平洋岸の避難所などへ順次,届けました。

全国各地の拠点では,衛生キットや食料品キット,医療品キット,清掃キットなどを作って現地へ届けました。また,被災地の状況に応じた段階的な要望へ柔軟に対応し,仮設の共同浴槽,ガスボンベ,新入生のランドセルや学用品,花の苗,めがね,礼服,公用車両などを寄贈しました。

瓦礫の撤去,泥の搔き出しと清掃など,個人住宅から街路や側溝など公共の場所まで,生活の基盤を復旧するための労働ボランティアを現地に送りました。被害が比較的に軽かった内陸部の教会がボランティアセンターとなり,被災地に通って労働力を提供するボランティアたちの宿泊と自活の拠点となりしました。

 

【災害復興支援】

宣教師による労働ボランティア

(※2011年7月アーカイブ記事より再掲載)

2011年5月27日(金)に,仙台伝道部(東北地域)のモルモン宣教師約80人が,宮城県塩竈や東松島で側溝の泥の除去作業に従事した。仙台伝道部の宣教師にとって,被災地でのボランティア活動は宣教師全員が熱望していたものだった。また翌週の6月3日(金)には,東京伝道部(北関東地域)すべての宣教師165人が宮城県の多賀城と東松島でヘルピングハンズの活動に従事した。

東京伝道部では出発前,東京・吉祥寺の集会所(教会堂)に集合したすべての宣教師を前にアルブレクト伝道部会長(宣教師の指導者)が話した。「これは,同窓会でもレクリエーションでもありません。わたしたちは神聖な場所へ奉仕活動に出発します。多くの方々がその場所で命を落としました。まだ見つかっていない人もたくさんいます。家族を失った人たちにも出会います。奉仕活動を行っているときは,絶対に個人の写真撮影をしないでください。メディアや教会機関誌から撮影される場合でも,ピースサインはしないでください。人々の気持ちを考えてください。そのことを忘れないようにしてください。」─礼拝堂で再会を喜び合っていた宣教師たちの気持ちを一つにまとめ上げるメッセージだった。「しかし!」とアルブレクト会長は強調する。「被災地で働くからといっても,悲惨な顔で働く必要はありません。まじめに,そして,笑顔で宣教師として働いてください。心が繊細になっている人たちに出会ったら,あなたたちの笑顔で優しく接してください。」

前日の午後10時にバスで出発し,6月3日の午前6時に到着。行政から割り当てを受けた場所で約80人ずつのグループに分かれ,東松島と多賀城で復興支援のボランティア活動を行った。多賀城で割り当てを受けた八幡神社では,破壊された社務所,神社,境内の瓦礫撤去と清掃活動を行った。

【2011年・東日本大震災支援】延べ200名以上のモルモン宣教師が、宮城県塩竈や東松島で側溝の泥の除去作業に従事した。

八幡神社関係者の話によれば,津波によって境内に車が流れ込み,近くの電柱には遺体も流れ着くほどの惨状だったという。敷地が広いために,大きな団体の力がなければ作業も進まず,ほとんどが手つかずの状態だった。ヘドロによる腐臭の中,雑菌による感染を防ぐために,ゴーグル,マスク,手袋を着用しての肉体労働だったが,スティーブンソン会長(教会の指導者),アルブレクト伝道部会長夫妻も汗を流し,姉妹宣教師(女性の宣教師)たちも率先して瓦礫の撤去作業に力を尽くした。

東松島では民家周辺の瓦礫撤去や,側溝に詰まった泥の除去作業を行った。また,労働作業の途中,東京伝道部を代表して,アルブレクト会長夫妻は近くの保育園を訪問し,アメリカから送られてきたぬいぐるみや洋服を子供たちに贈る活動も行った。アルブレクト伝道部会長夫人は,女の子一人一人にワンピースのドレスを着せ,優しい言葉で語りかけた。

「キリスト教会の宣教師が来たので少し驚きました」と八幡神社で総代を務める男性たちが談笑する。ほとんどの作業を午前中で終わらせるほどのスピードに行政の担当者も驚きながらも感謝の言葉を述べた。また,神社から運び出される神輿,太鼓をはじめとする文化的にも貴重な品々,祭儀式用具など,神聖に扱われているものを,注意を払いながら慎重に運び出す姿は関係者に感銘を与えた。泥にまみれた神輿を歯ブラシで丁寧に磨き上げる姉妹宣教師の姿にはだれもが感激した。たとえ,自分たちとは異なった信仰を持っていたとしても,その人々が神聖に扱うものに対して敬意を払う気持ちが宣教師から感じられたという。それは,八幡神社だけではなく,他の地区でヘルピングハンズの活動に携わった参加者たちにも言えることだった。

今回,ヘルピングハンズの奉仕活動の後には,近隣の被災地を訪れ,惨状を目の当たりにする機会も計画されていた。「このような情景を見て,愛する日本の人々がどれだけ苦しんでいるか知ってほしいと思いました。もっとわたしたちの気持ちを一致させる必要があると感じさせたかったのです」とアルブレクト会長は語った。

今後(※2011年当時),被災地での必要が落ち着くまでの間,地域単位で,このようなモルモン・ヘルピングハンズの活動が奨励された。5月28日には東京南地方部(南関東地域)の青少年約140人が東松島で同様の作業に従事した。教会では,教会員が,ヘルピングハンズの奉仕活動に賛同する一般の方々とともに労働ボランティアとして団体で被災地へ向かう際に,バスのチャーター代を支援することを決定し,複数回にわたり支援活動が実施された。

 

40回以上にわたる、復興労働ボランティア・バスツアー

東京発の復興労働ボランティア・バスツアーを企画,現地の行政ボランティアセンターで割り当てられた労働を行いました。2011年7月から1年以上にわたり,40回以上のツアーが行われました。ツアーの催行は東北の旅行業者に委託し,現地の旅行・ホテル業界への需要喚起と雇用確保,ひいては東北全体の経済復興につながるよう配慮されました。

2011年9月,岩手県宮古市でヘルピングハンズの奉仕活動に従事する,教会員と一般の賛同者のみなさん。

 

漁業支援

被災地に雇用を生み,自立を助けるために,漁業復興のための物資を支援しました。製氷機や冷凍冷蔵設備,フォークリフトなどの車両,大型浮標灯,漁船の装備や漁具から漁協の建物に至るまで,操業再開のために必要不可欠ながら行政の支援を受けられないボトルネックな資材を特定して支援しました。物資や建材は地元から調達し,地域経済復興に寄与しました。

 

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●モルモンヘルピングハンズで災害復興支援に携わった、モルモンの宣教師って何をするひと?

 


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