信子母さんのエッセイ第12回「探しものは何ですか?」

わたしの世代だと、「探しものはなんですか?」と聞けば、すぐに浮かぶのは、

井上陽水さんの「夢の中へ」でしょうか?

 

最近の歌はなかなか覚えられませんが、

若い頃に歌っていた歌の歌詞は、今でもスラスラ出てきます。

 

探しものは何ですか?

見つけにくいものですか?

カバンの中も 机の中も

探したけれど見つからないのに

まだまだ探す気ですか?

休む事も許されず

笑う事は止められて

はいつくばって はいつくばって

いったい何を探しているのか

 

と、続くこの歌、わたしもよく熱唱したものです。

♪♪♪   (^O^)  ♪♪♪

 

探しもの。

わたしの 探しもの。

 

小学生だったわたしは、時々、死んだらどうなるんだろう?と考えました。

火葬されて体がなくなる。

こうやって考えているわたしの”思い”自体もなくなるの?

わたしは消えてしまうのかな。

消えたわたしはどこへ行くの?

 

中学生だったわたしは、しばしば、どうして勉強するんだろう?と考えました。

因数分解、三角関数、元素記号、歴史の年号、遠い外国の山脈の名前 …  何の役にたつんだろ?

 

高校生だったわたしは、折に触れて、何のために生きているんだろう?と、考えました。

どうして世の中は不平等?何が正しい?普遍的なものは何?…わからないことだらけです。

 

本が大好きだったので、結構読んだかと思いますが、本の中に答えはなく、

先生からも、親からも、友達からもそれは得られず、見つけられないままでした。

 

それが見つかったのは、短大1年生のとき。

キリストの教えを知ったときです。

 

『人はどこから来て、

何のためにここにいて、

死んだらどこへ行くのでしょう?』

 

宣教師から聞くその言葉は、わたしがずっと探していたもののように思えました。

 

わたしの命は、1955年の5月に突然始まったんじゃない。

この地上に生まれる前から、わたしは存在していた。

わたしはこの時代、この国、この家に、偶然生まれてきたんじゃない。

人生には目的があって、そのためにわたしはこの地上で生活してる。

わたしが経験するすべてのことには意味がある。

死は終わりではなく次のステージへの入り口。

死んだ後もわたしは存在し、わたしの命は続いていく。

家族は永遠。

そしてわたしは大切な、大切な、本当に大切な 価値ある存在。

 

そんな教えの数々に、心から感謝しています。

キリストの教えを通して、平安や希望、目標を持つことができ、

どこへ向かって進んだらいいのかがわかりました。

 

親になり、子どもたちを育てている今、

子どもたちの疑問に答えたり、答えの探し方を教えることができるのは、

幸せなことです。

 

……

 

探しものは何ですか?

見つけにくいものですか?

 

若かった頃のわたしのように、探しものをしている人がいたら、

小さい子でも若い子でも、お父さんでもお母さんでも、おじいちゃんでもおばあちゃんでも、

みんな ここにおいでよー!と、両手を大きく振りたい気持ちです。

 

探しもの、見つかるかもしれません(╹◡╹)♡

 

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コメント

    • 菅原 美千代
    • 2017年 9月 14日

    真実の教会。結婚。子供。・・・探し物だったもの。そして、今は宝物になったもの。

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