三つ子姉妹インタビュー 香山三姉妹それぞれの巣立ち①

この世界には特別な縁で結ばれている人たちがいます。2億分の1の確率で生まれてくる三つ子たち。今回のインタビューは一緒に生まれて一緒に育っただけでなく、さまざまな困難を乗り越えて宣教師になった三つ子の姉妹の人生に迫りました。

三つ子の姉妹

岡山県の北部、津山市の山奥にある妙原(みょうばら)に生まれ、10月24日に21歳になったばかりの三つ子、香山園子さん(長女)、澪子さん(次女)、萌子さん(三女)は誕生日が同じだけではありません。同じ信仰を持ち、同時期にモルモン教会の宣教師になった三つ子の姉妹です。3人は約一年半、宣教師として活動をしました。園子さんは北海道、澪子さんは関東と新潟、そして萌子さんは九州と沖縄に配属され、北海道から沖縄までを三姉妹でカバーするかのように活動していました。三女の萌子さんだけが現在も奉仕中で、園子さんと澪子さんは一足先に宣教師としての勤めを終え、津山市の北山で家族と一緒に暮らしています。

3人見た目はそっくりですが、一緒に過ごせば性格も好きなものも違う、それぞれの個性を持った存在なのだとわかります。本人たち曰く、似ているのは口元だけ。ウクレレと体を動かすのが好きで、建築の道に進みたい、クールな長女の園子さん。物作りやもの書きと、サプライズを楽しむのが好きな、にこやかな次女の澪子さん。そして、ボランティア活動で世界の子供たちを助けたい、真面目な三女の萌子さん。個性の違いはありますが、とても仲の良い3人です。

 生まれてからずっと一緒に育った3人が宣教師になって初めて離れ離れになったそうですが。

澪子:「わたしたちは3人姉妹ですけど、友達みたいな関係です。今までの人生で一番長く一緒にいて、宣教師になって初めて顔を合わせない状態になりましたが、変わらず仲がいいです。一番最初にわたしが宣教師になって、メールのやりとりをするのはわたしと母だけでした。園と萌が宣教師になってからは毎週、2人からもメールがくるようになって。それで初めて、ちゃんと3人がそれぞれの場所で宣教師していると感じられてすごく嬉しかったです。」

園子:「宣教師のあいだは週一回家族とメールで連絡を取ることが許されています。澪と萌とお母さんとで、こいうことがあった、こんな体験があった、同僚とこんなことをしたと語り合う時、みな頑張っているんだな、じゃあこっちも頑張ろうかなって思えました。離れていたけど、メールや言葉のおかげで頑張れました。」

 5人兄弟の母子家庭

離れてからも絆は変わらなかった香山3人姉妹は6人家族です。家族全員がモルモンの会員で、母親と3姉妹に高校3年生の妹、そして中学2年生の弟がいます。兄弟5人に母一人という母子家庭です。そんな中、宣教師になるための一つのチャレンジは資金1の準備だったそうです。「シングルマザーの母には(金銭的に)頼れないと理解していたので、一生懸命に働いてお金を貯めました」と萌子さんが話してくれました。3人とも努力して資金をため宣教師になったそうですが、そんな頑張り屋の3人を育て上げたお母さんのことが気になったので聞いてみました。

※1 モルモンの宣教師は、1年半から2年の奉仕活動中の生活費を自費で賄っています。そのため、宣教師になる前はアルバイトなどをして資金を貯める努力をしています。

 

香山家族:後ろ列左から萌子さん、祖母、母、妹りこさん、澪子さん、園子さん、前列弟じょうさん

シングルマザーに育てられたと聞いていますが、そのことについてお話してもらえますか。

 澪子:「13年前、わたしたちが小学校3年の時に、父と母が別れました。まだ、小さかったけれど、その時のイメージは「母親は強い」でした。時には弱いところも見ましたから、大変だなって小さいながら思ったときもありました。弟がまだ一歳で。そんな状況でしたが、5人の母親として、下を向かずに前を向いて、子供のために頑張らなきゃという母の気持ちが伝わってきました。泣くときもいっぱいあったけど、母親はすごいと思います。

学校の行事、役員、それぞれの子供に合わせて、全部こなしてくれるのを見てきました。卒業式と入学式も全部バラバラの場所で、高校もみんな別々で、同じ日に入学式が重なったり。母はそれを時間配分して来てくれました。卒業式を途中で抜けてこっちに行って、そこが終わったら次の学校に写真を撮りに行ってと、片親だけというのを感じさせないぐらい頑張っていました。父親がいなくて寂しいと思ったことが全然ありませんでした。」

香山3人姉妹のお母さんの苦労については、ここでは触れませんが、家族が立ち向かってきた困難について、いつも子供達に隠さず話し、みんなで助け合ってきたそうです。「共有」はわたしたちにとってとても良かったと園子さんと澪子さんが語ってくれました。そして、萌子さんはこう話しています。

 萌子:「母から、家族に起こったさまざまなことを話してもらいました。いろいろ大変だったにも関わらず、家族が毎日幸せに暮らせているのはイエス・キリストへの信仰のおかげだと気がつきました。それがきっかけでキリストの教えの素晴らしさを多くの人に伝えたいと思うようになりました。家族全員が同じ信仰をもって生活してこられたことが家族の強い絆になりました。今の状況がどんなにつらくても、期待と違う日々を送っているとしても、神様はわたしたちを心から愛しておられることと、キリストの教えを通して素晴らしい喜びや幸福を感じることができることを実感し、それを人々に伝えたくて宣教師になりました。」

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