ハンコック長老インタビュー 先祖調べの壁を克服して自分のルーツをたどった青年②

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ハンコック長老インタビュー 先祖調べの壁を克服して自分のルーツをたどった青年②

宮城県美里町(みさとまち)寒河江(さかえ)孝之(たかゆき)さんとの出会い

左から寒河江孝之さん、ハンコック長老、関口伝道部会長夫妻

「最初に会いに行ったのが寒河江(さかえ)孝之(たかゆき)さんでした。彼は一人暮らしで、自宅の隣にアパートを所有していました。会ってどんな展開になるのか想像できませんでしたし、何と話しかけたらいいのかも分からなかったので、最初はちょっと緊張していましたが、同時にとてもワクワクしていました。

家のベルを鳴らすと、彼が出てきて、わたしを待っていてくれたのか、とても喜んでくれました。わたしも彼を見て感激しました。『わたしの親戚だ』と思うと、とても嬉しくなりました。彼はすごく良くしてくれました。握手をして、写真を一緒に撮りました。たくさん撮りました。

家に案内してくださると、バインダーを見せてくれました。長年かけて集めたコインと切手のコレクションでした。日本の古い切手やロシア、アフリカ、中東など、いろいろな国のものがありました。五百円札や古い一万円札などもあって、カラフルですごくクールでした。孝之さんは、寒河江家の立派な印鑑と一緒にそのバインダーをわたしに渡すと、「これ全部あげるよ」と言いました。会ったばかりなのに!長年大切に保管していた宝物をわたしにくださるなんて、感激でした。

わたしのほうは宣教師として来日してキリストについて教えているのだということをお伝えできました。そして、彼にモルモン書とわたしの名刺を渡しました。わたしが大事にしているものを親戚に渡すことができたのは、感動的でした。」

宮城県涌谷町(わくやちょう)──寺島綱蔵(てらしまつなぞう)さんとの出会い

寺島さんの自宅で家族の写真を見せるハンコック長老

「次に行ったのは寺島綱蔵(てらしまつなぞう)さんの家でした。ドアを開けると、彼は床に身をかがめ、ひざをついて挨拶をしてくれたので、本当にびっくりしました。その姿を見てとても慎ましい気持ちになりました。

家の中に案内されると、古いアルバムをたくさん出してきて、次々に見せてくださいました。ブラジルに住んでいた頃の曽祖父母や家族と一緒に、母が写っている写真が目に留まりました。これまで見たことのない写真でした。多分母が14歳頃のものだったと思います。寺島さんのお母さんとわたしの曽祖母は姉妹同士で、その二人の写真も見せてくれました。とても感動的でした。わたしたちは家族なのだ、血がつながっているのだと感じた瞬間でした。

しばらくおしゃべりをして、一緒に記念写真を撮りました。モルモン書について少し話し、わたしの名刺と一緒に渡しました。寺島さんは読書が大好きなのだと言って、喜んで受け取ってくださいました。ついさっき電話したときも、モルモン書を気に入って読んでいる、と話してくれました。とても嬉しかったです。

帰り際に「ちょっと待って」と引き留められて、「もう一つの宝物」を見せてもらいました。わたしの曽祖父が亡くなったときの葬儀プログラムのようなもので、曽祖父の写真と、ポルトガル語が書いてありました。曽祖父の写真自体もあまり見たことがなかったので、とても感動しました。心から、寺島さんと会えて良かったと思いました。」

寒河江徳蔵さんの長男タカオさんの家族。左から3番目、後列に立っているのがハンコック長老の母親、清子さん

ハンコック長老は連絡が途絶えていた親類の二人と対面できたことを「こんな素敵な形で彼らに会えると思っていませんでした。これは奇跡です」と話していました。先祖を見つけたいというハンコック長老の思いが天に届き、神様が先祖や親族を見つける機会を作ってくださったのかもしれません。

 

寺島さんの祖母とハンコック長老の曾祖母は姉妹であった。

──旧約聖書には「父の心をその子供たちに向けさせ、子供たちの心をその父に向けさせる」(マラキ書4章6節)という預言者マラキの言葉があります。今回経験したことの後にこの聖句を思い起こすとどのような気持ちがしますか

「家族は一つです。遠い親戚も、兄弟姉妹も、両親も、子供たちも、みんな一緒です。その聖句を思い出すと、神様が家族を大事に思っておられることが理解できて、何とも言えない気持ちを感じます。神様はわたしたち一人一人を心にかけてくださっているので、わたしの家族と日本の家族をめぐり合わせてくださったのだと思います。わたしたちを一緒にしたかったのだと思います。」

「イエス・キリストの福音は、家族が一つになる方法を教えてくれるのだと実感しました。わたしたちがどれほど離れているかは問題ではありませんし、いろいろ過ちを犯してきたとしても関係ないのです。イエス・キリストを通して『先祖の心が子孫に向き、子孫の心が先祖に向く』ことができます。そして、それを通して家族は強められ、一つになり、幸せになることができます。わたしの今回の経験は、マラキの言葉の実現だと感じています。」

──今回の出会いと、宣教師として過ごしたこの2年は、ハンコック長老の家族、つまりアメリカの家族、そして日本の家族にどのような影響をもたらしましたか。

「ピッタリ表現できる言葉が見つからないほどわたしにとって意味があります。たくさん経験し、益になりました。また、いろいろ学んで、神様の存在をさらに強く感じるようになりました。家族の絆も強まりました。家族一人一人の気持ちもさらにスピリチュアルになったし、もっと強く、そして信仰深くなりました。今回先祖たちの記録が見つかったおかげで、わたしたち家族は神殿で彼らの供養の儀式を行う機会を得ました。特別なことです。」

「宣教師としての経験はわたしにとって大きな意味があります。本当に何ものにも代えがたい素晴らしい時間でした。帰国しなければならないのはとてもとても寂しいです。最高の2年間でした。でも、前に進まなければなりません。今後の人生でもまだまだ良い日、良い年がやってきます。日本での2年間は、わたしの20年間で最高の2年間というだけで、これからの人生、最高の2年はまだまだ訪れるはずです。これからさらに良い、最高の時期(とき)を経験し、それによって前進し、成長を続けていくのだと思います。神様はわたしたちのために良いことをたくさん用意してくださっています。そして、この2年はわたしへの訓練と準備の期間だったと思っています。素晴らしい人たちとの出逢いにも恵まれて、素晴らしい奇跡を経験した時間でした。」

日本に来て、宣教師としても素晴らしい経験ができたハンコック長老は、自身の信仰を強めることができただけでなく、第2の故郷ができたことをとても喜んでいました。伝道で一番印象に残っていることは何ですかと尋ねると、特別なことがたくさんあったため、答えるのは難しいとのことでした。でも、親戚と会えたことがその一つだったのは間違いありません。はるばる来日し、この地の人々に奉仕し、遠縁の親族と出会い、宝物とも言える貴重な先祖のことを学び、先祖の故郷で幼い頃の母の写真まで見つけたハンコック長老は、その経験を感動の涙を流しながら語ってくれました。2017年8月18日に帰国した彼は、アメリカで今頃、先祖を慕って、彼らの供養の準備をしていることでしょう。

寒河江徳蔵さんの葬儀プログラムより
1896年(明治29年)7月15日生まれ、1969年(昭和44年)7月27日逝去。

「労働」、「名誉」、「正直」をモットーに生き、自身と隣人の幸福のために尽力した。葬儀は、サント・アゴスチーニョのキリスト教会で執り行われ、クリスチャンとして生涯を過ごした故人の信仰を称えている。

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2017-10-20T21:12:08+00:00