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信子母さんのエッセイ第24回「濡れても へっちゃら!」

By | 2017-10-20T21:12:45+00:00 2017年10月20日|Categories: ブログ, 子育て, 家族, 岸信子|

映画の無料鑑賞券があったので、夫と観に行こうと思ったのですが、今日は車がありません。子どもたちが使っているのです。 天気が良ければ夫とバイクの2人乗りで行くこともできますが、外はあいにくの雨… がっかりしていると、夫が「行くよ!」と、やってきました。手にはカッパを持っています。 「カッパ着て行くの?」と尋ねると、夫はにっこりうなづきました。   正直、乗り気ではなかったのです。 だって雨だし。 危ないし。 濡れちゃうし。   でも、夫の「行くよ!」の笑顔に嫌だとは言えず、カッパを着ることになりました。 そもそも わたしがカッパを着るなんて、何十年ぶりのことでしょう。 ちょっとカッコ悪いな。   外は夕暮れ。 視界は悪く、車も多く、雨の中、スリップしそうでドキドキします。 どうか、夫が安全に走行できますように。 どうか、事故に会いませんように。 神様、どうか、わたしたちを守ってください。 心の中で祈りながら、流れる景色に目をやります。   田んぼが濡れています。 建物も濡れています。   雨粒が顔に当たってきます。 ふふ カッパ着てても顔は濡れるじゃん。   しっかりと前を見て、夫はバイクを走らせます。 風も雨も、前の夫が受け止めてくれるので、後ろのわたしはそんなに濡れません。頼りになる広い大きな背中です。   でも、 ひょいと顔を横に出せば、雨粒がぶつかってきます。   ふふ どうしてだろ?なんだか楽しくなってきました。   雨の中、傘をささずに、はしゃぎながら歩いていた小学生の頃みたいな気分です。   ふふ ふふふ   「英治さん!なんか楽しい!」と声をかけると、夫が笑い返してくれました。   ふふ ふふふふ   「楽しいねっ!」   英治さんが一緒なら、濡れてもわたしは へっちゃらだよー!   あはは あはははは   [...]

信子母さんのエッセイ第23回「ニーファイのように」

By | 2017-10-20T21:12:25+00:00 2017年10月13日|Categories: ブログ, 子育て, 家族, 岸信子|

  いつ聞いても胸が熱くなる歌があります。「ニーファイのように」という歌です。   教会員の中では有名な ニーファイという青年と、ヒラマンの若い勇士たち。この立派な若者たちがあるのは、親の模範と教えがあったからこそ。   ”ニーファイのように 良い父母より 福音学び  戒め守る ” という歌詞からは、親の影響力がいかに大きいか、ということが伝わってきます。   少し前ですが、青少年たちが歌う「ニーファイのように」を聴く機会がありました。 心が揺さぶられ、涙が溢れ、考えさせられました。 わたしは 子どもたちから、ニーファイやヒラマンの勇士たちのように「わたしは良い両親から生まれた!両親から良い影響を受けた!」と、言ってもらえるような親と言えるかしら… そうは言い難い自分の姿に恥じ入る思いがしました。   でも! わたしが凹んでしまわないように、神様は、救いの記事を、ちゃんと用意しておいて下さいました。   たまたま読み返したヒンクレー大管長(教会の指導者です)の生涯の記録から大きな力を得ることができたのです。 記事によると、ヒンクレー大管長が子どもだった頃、お母さんはいつもこんな言葉を口にされていたそうです。 「幸せな気持ちとにこやかな表情があれば、ほとんどどんな不幸でも乗り越えられる。幸せになれるかどうかはその人自身に懸かっているのよ」と。 そんな明るいお母さんの影響を受けて、ヒンクレー少年は、楽観的な青年に育っていったのだとか。   楽観的な生き方…  これなら、わたしにも伝えられるかも… (๑>◡<๑)💕   わたしたち夫婦は、完璧には程遠い親だけれど、でも、いいのです! 振り返ってみればわかります。わたしの両親だって決して完璧ではないけれど、とても良い親なのだと!   自分たちにできることを精一杯やればいい。 自分たちが伝えられることを心を込めて伝えればいい。   ニーファイのように、我が家の子どもたちにも 皆さんの子どもたちにも、頑張っている親がいます。   胸を張ろう!  

信子母さんのエッセイ第22回「ナンバーワン」

By | 2017-10-06T12:22:47+00:00 2017年10月6日|Categories: ブログ, 子育て, 家族, 岸信子|

高校1年生。身長173センチ。爽やか。穏やか。優しい。話が上手。ユーモアのセンスあり。親バカ目線だと 松坂桃李似。我が家の七男。甘えん坊の末っ子。   …と、思っていた不動(ふどう)が、先日、こう言いました。 「俺も、お母さんが好きだったよ」   え?   「いや、今も好きだけど、ごめん、1番じゃない」   ふふ♡   不動は確実に大人の階段を登っているんだなぁ…♡ と思った夜でした。   マザコン、と、兄や姉たちが心配していた時期もありましたが、大丈夫! 男の子たちは時期が来れば、自分で母親を離れていきます。不動の場合は中1くらいだったかな?実にあっさりと離れていきました。   上の息子たちも みんなそうでした。   おかあさん、だいすき♡ おかあさんが、せかいでいちばんすき♡ うちゅうで いちばんすき♡ だいすき♡ だいすき♡だいすき♡ おかあさんがいちばんすき♡   熱烈にラブコールしてくれていた幼少期の息子たち。その言葉を聞くたびに思ったものです。世界で1番好き、宇宙で1番好きだなんて、この子たちの世界、この子たちの宇宙って、いったいどのくらいの広さなんだろ?家の中と、近所と、それに教会くらいかな? 狭っ!(笑) とは言え、子どもたちのその小さな世界で、わたしはナンバーワン!でした。   でも、子どもたちの世界はどんどん大きく広くなっていきます。 世界で1番綺麗と思っていたお母さんが、実はそうでもなかった、と気づく日が すぐにやってきます。 大好き!と言ってくれる時期は短いです。ナンバーワンでいられる時期は短いです。 だから、小さい子どもさんをお持ちのお母さんたちに伝えたいです。 子どもたちのナンバーワンでいられる間は、その地位を楽しんで、その立場を満喫してください、と。 だいすきだよ、と言ってくれる子どもたちの愛をしっかりと受け止めて、お母さんも大好きよ!と、抱きしめてほしいです。 親離れの時期は子ども自身が決めます。だからそれまでは、心配しないで うんと甘えさせて、遠慮しないで たっぷり愛情を注いだらいいと思います。 でも、子どもたちがスッと離れたら、その時は、子どもの後を追わない!! それが、親離れ、子離れじゃないかなぁ … なんて、熱く語ってしまいました。(๑>◡<๑)💧 ごめんなさい!     さて、そんなわたし。もう とっくに子どもたちのナンバーワンではないけれど、夫にとってのナンバーワンであり続ける努力はしないとね!   刺繍の入った可愛いスカート、やっぱり買っちゃおうかな ♪(^ν^)💕  

信子母さんのエッセイ第21回「塔の下でも」

By | 2017-10-05T08:52:58+00:00 2017年10月5日|Categories: ブログ, 子育て, 家族, 岸信子|

聖典の中に、警告したり、説教したり、叫んだりするために、塔の上に登った人たちの話が出てきます。 高い塔の上に立てば、注目を集め、一度に多くの人たちに聞いてもらうことができるからです。   以前、我が家の子どもたちがまだみんな小さかった頃、自分がとても無力に思えたことがありました。 テレビや新聞で報道されるイジメや自殺、虐待、様々なDV、残虐な事件…  ものすごいスピードで世の中が変わっていきます。こんな世界で、わたしは子どもたちを守れるのかしら… 。 でも、わたしは塔の下にいます。遠くまで声は届かず、影響力もありません。世の中の流れを止める力などわたしにはないのです。   「家庭は小さな天国」という言葉は教会でよく耳にするものです。 当時のわたしもそう教わりました。 今自分がいる家庭、自分の家族にこそ愛を注ぎなさいと。 え?それだけ?それだけで大丈夫なの?子どもたちを守れるの? …. そんなことでいいの?という不安な思いと、そんなことしかできないの?というもどかしさ。 でも、現実を見れば、塔の下にいる小さなわたしには、結局それしかできないのです。 「家庭を小さな天国に」 …   大好きよ!と声に出して言う。 抱きしめる。 愛してるよ!と声に出して言う。 抱きしめる。 抱きしめる。 ぎゅうっと 抱きしめる。 …   月日が流れ、今、息子娘たちが結婚してそれぞれの家庭を持ち、愛情豊かに子育てしている姿を見ると 感慨深いです。   塔の上に登らなくてもできることがあります。 塔の下の小さな家の中でも、できることはあります。   愛された子どもたちが愛ある家庭を築き、その子どもたちがまた愛ある家庭を築き、そのまた子どもたちが愛ある家庭を築く… そんな家庭が増えていけば、世界は少し変わるかもしれません。                                         [...]

信子母さんのエッセイ第20回「手紙」

By | 2017-09-22T18:25:01+00:00 2017年9月22日|Categories: ブログ, 子育て, 家族, 岸信子|

昔と比べ、手紙を書く機会は、驚くほど少なくなりました。 若くないわたしでも、最近は簡単で便利なメールとラインばかり。 文字を書くことなど滅多にありません。 そんなわたしの手紙の思い出。 ダントツ一位は、夫から届いたプロポーズの手紙です。 結婚を前提として付き合っていたわたしたちでしたが、それでもやっぱり何か形は欲しい!そんなときに届いた手紙でした。 当時流行っていた愛国駅から幸福駅までの切符を模した「幸福行きのハガキ」に記されていたものです。 「愛する信子様 私は君を幸福にするために愛国からやって来ました。これはそのための切符です。 君にだけにしか発売しません。 すぐには幸福へは行けないかもしれませんがずーっと乗っててください。 道をはずれないように運転します。 英治」 今日は、夫に、この手紙の返事を書いてみようと思います。 「愛する英治さま 1983年10月20日に東京神殿で結婚して始まった 小さな1両編成列車の旅。 幸福駅に向かって2人で出発したけれど、乗客が1人増え、2人増え…いつのまにか10人増えて、賑やかで楽しい旅になったよね。 故障したり、引き返したり止まったり、また進んだり…  全てが順調な旅ではなかったけれど、 それでも、しっかりハンドルを握りしめて、前を向いて進んでくれたあなたに 心から感謝しています。 大きくなった子どもたちは、1人降り、2人降り、3人降り…  新しい家族と共に、 今度は自分たちの列車で幸福駅に向かっています。 そのうちに、みんな降りて、またわたしたち2人だけになるでしょう。 寂しいかって? いいえ、楽しみです。 新婚の頃のようにあなたと二人でおしゃべりしながら、流れる景色を楽しみたい。 ぼくは幸福駅に ちゃんとたどり着けるかな?と昔あなたは言ったけど、 この旅全部が幸福の中にあるんだってこと、わたし途中で気づいたの。 ゆっくり進もう。急がなくてもいいよ。 あなたが好き。 運転するあなたの横顔を見ながら、ずーっと乗っているからね。信子」

信子母さんのエッセイ第19回「土の中のミミズ」

By | 2017-09-22T18:01:49+00:00 2017年9月15日|Categories: ブログ, 子育て, 家族, 岸信子|

三男息吹は26歳。最近第一子が生まれ、父親になったばかりです。 その彼が高校生だった頃に 末の弟不動が口にした言葉を、 彼は今でも覚えていると言います。 当時幼稚園児だった七男不動は、兄の息吹にこう言ったのだそうです。 「ぼくは、いるだけで ひとのやくにたつ ミミズになりたい」と。 それを聞いて、わたしは驚きました。 土の中のミミズの話は、以前教会で小さい子どものクラスを受け持っていたわたしが、 当時の子どもたちに教えたものです。 そのクラスの中に不動もいました。 ホワイトボードに、色画用紙で作った花や太陽の絵を貼りながら、 こんな話をしたと記憶しています。   *****   「太陽は、空でまぶしく輝いて、お花が大きくなるのを助けます。 雲は、雨を降らせて、お花が大きくなるのを助けます。 ミミズは、土の中で動き回って、お花が大きくなるのを助けます。 みんな お花が大きくなるお手伝いをしています」 「ミミズも?」 「そう! 土の中で動き回って、土を柔らかくして、 お花の役に立ってるの。 みんな誰かの役に立ってるんだよ」   *****   あれから10年の時を経て知った当時の幼い息子の言葉。 「ぼくは、いるだけで ひとのやくにたつ ミミズになりたい」 そうか、ふうちゃんは、そんなふうに思ってくれてたんだね…。 子どもたちはわたしたちが思っている以上の感受性と理解力を 持っているということを改めて実感しました。 さらに、そんな弟の言葉をずっと心に留めている息吹を通して、 さりげない一言が、時には人に勇気や導きを与えていることに、 改めて気づくことができました。 見えないところでしていることでも、 自分では意識していないことでも、 一人一人の行いや言葉が、こんなふうに影響を及ぼしあい… そうやってわたしたちは生きてるんだ…   … みんな誰かの役に立っています。土の中のミミズのように。  

信子母さんのエッセイ第18回 「小さいお母さん」

By | 2017-09-08T18:10:27+00:00 2017年9月8日|Categories: ブログ, 子育て, 家族, 岸信子|

NHKの連続テレビ小説「おしん」が放送されていたのは、 もう30数年も前のこと。おしんという小さい女の子の健気な頑張りが涙を誘う、 大人気の朝ドラでした。 わが家の次女愛実(まなみ)は、小学生の頃、近所のおばあちゃんから 「平成のおしん」と言われたことがあります。 その日、愛実が弟をおんぶして、近所の公園へ向かっていたときのことでした。 近くに住んでいたおばあちゃんが目を丸くしてこう言ったのです。 「ばあ、どうか!まなみちゃんは、ほんなこつ良か子ねえ! (まあ、どうでしょう!まなみちゃんは本当にいい子ねえ!) いまどき、弟ば かろて子守する子なんかおりゃせんよ (今時、弟をおぶって子守する子なんていないよ) そら だっでん、自分が遊ぼごたるもん (そりゃあ誰でも自分が遊びたいもの) 偉か、偉か!ほんなこて感心! (偉い、偉い!本当に感心!) まなみちゃんは平成のおしんたい! (まなみちゃんは平成のおしんだよ!)」 それは 相当な褒め言葉だったのですが、 愛実は なんのことやらさっぱりわからなかったようです。 わたしは苦笑してしまいました。 小学生だった愛実に、弟を背負って子守をするよう命じたわけでは、 もちろんありません。 それは、彼女の希望でした。 「ねえ、お母さん!おんぶさせて!」と、 ままごとでお人形をおんぶするように、 弟をおんぶするのが愛実はとても好きだったのです。 愛実だけではなく姉の麗花(れいか)も、 こちらから頼まなくても、弟や妹たちと いつも楽しそうに遊んでくれました。 親のわたしが驚くほど、 弟や妹たちに忍耐強く優しく接する 愛情溢れた二人の姿は、 本当に 小さいお母さんそのものでした。   その小さいお母さんだった二人が結婚して、 今や、本物のお母さんになっています。 感慨深いです。 日々子育てに奮闘している娘たちを見ていると、 小さいお母さんだった頃の二人を思い出します。 あなたたちの子育ては、こんな昔から始まっていたのかもしれないね。 だからきっと大丈夫! 大丈夫だよ!

信子母さんのエッセイ第17回  「誕生日おめでとう!」

By | 2017-09-08T18:10:19+00:00 2017年9月1日|Categories: ブログ, 子育て, 家族, 岸信子|

『5月24日は素敵な日です。 この世にあなたが生まれました!』 もう何十年前になるかな? 独身の頃、友達にもらった一枚のバースデーカード。 そこに書いてあったこの言葉に、 わたしは、何とも言えない嬉しさと 心からの喜びを感じました。 わたしが生まれた日は、素敵な日! この世にわたしが生まれたのは、とっても素敵なことなんだ! …♡♡ 生まれてくれてよかった!と、迎えてくれる両親。 あなたがいてくれて嬉しい、と、喜んでくれる友達。 誕生を肯定される、喜ばれる、祝福される、というのは、 わたしはここにいていいんだと 存在自体を認められることにも通じます。 それは本当に幸せなことです。 だからわたしも 忘れずに、心から祝いたいと思うのです。 子どもたちの誕生日。夫の誕生日。母の誕生日。友達の誕生日。誰かの誕生日。 おめでとう!おめでとう!! 誕生日おめでとう!! 今日はとっても素敵な日です。 この世にあなたが生まれました!!

信子母さんのエッセイ第16回 「そう来たか」

By | 2017-09-08T18:10:07+00:00 2017年8月25日|Categories: ブログ, 子育て, 家族, 岸信子|

結婚した娘たちが話してくれる子どもとのやりとりには、 クスッと笑えるものがよくあります。 最近聞いた 次女と花ちゃんとの会話も、その一つです。 花ちゃんが怒って弟のすいくんを押したので、次女がすぐに注意しました。 「すぐに押したらダメって、もう何度も言ってるでしょ! 嫌なことがあったらお母さんに先に言いなさいって!」 お母さんに言われたことが なかなか守れない花ちゃんは、 ふくれっ面で聞いています。 そんな姿に次女の堪忍袋の尾が切れそうになったその瞬間、 花ちゃんがこう言い放ったのだとか。 「(わたしは)まだ わかんないのっ!」 そう来たか。(๑˃̵ᴗ˂̵)💧 次女の話を聞いていたわたしは おかしくなりました。 「まだ、わかんないのっ!」 開き直りとも言えるその言葉の後に、 花ちゃんはこう続けたかったのかもしれません。 「だってわたしはまだ2歳なんだからねっ!」と。 親は、時々、子どもへの要求を大きくしすぎてしまうような気がします。 まだ小さな子どもに、まるで熟年の大人のような人格を求めてしまうのです。 新米お母さんだったわたしがそうでした。 お友達と仲良くね。何でも貸してあげるのよ。 使ったものは元に戻して。 お話は最後までちゃんと聞いて。 嘘はダメ。悪口はダメ。 ご挨拶を忘れないでね。 ここでは元気に、ここでは静かに。 … そんな立派な大人の振る舞いを、 当時幼稚園児だった長男に要求している自分にハッとして、 その時わたしは自分にこう言い聞かせました。 ねえ、この子は、地上にやって来てまだ わずか数年しか経ってないんだよ。 最初から何でもできるわけないじゃない。 最初から高い人格があるわけないじゃない。 それを学ぶために生まれて来たんでしょ? それを教えるために、わたしがいるんでしょ? いっぺんには出来ないよ。出来るわけないよ。 時間がかかるよ。当たり前だよ。 だから人生は何十年もあるんでしょ。 何十年もかけて学んでいくんだよ。 教えるのは大切だけど、結果を急いじゃダメ。 要求しすぎちゃダメ。 だって考えて!この子の人生は始まったばかり。 地上にやって来てまだ たった数年の子に、 50年生きて来た人みたいな人格を、今求めちゃダメだよ! … と。 … 次女も今、以前のわたしと同じような経験をし、 以前のわたしと同じように反省したようです。 次女は自分の心に言い聞かせました。 [...]

信子母さんのエッセイ第15回「背中で語る」

By | 2017-09-08T18:09:58+00:00 2017年8月14日|Categories: ブログ, 子育て, 家族, 岸信子|

「子どもは親の背中を見て育つ」とは、よく聞く言葉です。 「背中で語る」という言葉もあります。 どうして正面じゃなくて背中なんだろ? あくまでもわたしの感覚なのですが、正面には”意識している”、 背中には”意識していない” というイメージがあります。 意識しないで語る、ということは、その人の生き方そのもので伝える、ということでしょうか? わたしの両親のことを考えてみました。 67歳で亡くなった父は、真面目に黙々と働く人でした。 穏やかで子煩悩で無口で、歌が上手で本が好き。 字を書くのも絵を描くのも物を作るのも、どんな作業も 丁寧すぎるくらい丁寧でした。 思い出すのは、わたしと弟が小さかった頃に父がしてくれたお話や、トランプ手品の数々です。 「もういっかい!もういっかい!」とリクエストするわたしたちに笑顔で応じてくれていた父。 本当に優しかったなあ。 今年86歳を迎えた母は、若い頃から社交的で積極的で、情に厚く、 よく気がつきよく動く、パワフルな人でした。 子どもへの溢れる思いは過保護なくらいでしたが(笑)、 わたしたちが巣立つまで、「自分は後回し。どんな時も子どもが第一!」という姿勢を 、 ブレることなく見事に貫いた母です。 歳を重ねた今でも、娘や孫やひ孫を思い、心は愛に満ちています。 こうして書いてみると、背中は、教えになり、思い出になるんだな、とあらためて思います。 では、わたしの背中は? 夫の背中は? わたしたち夫婦の背中は、子どもたちに何を語っているんだろう? … 先日テレビで、背中を伸ばす体操を紹介していました。 背筋を鍛えることは、姿勢を美しくし、若さを保つだけでなく、内臓にもいいのだとか。 なるほど。 いい背中になりたいものです。 見た目だけでなく、背中で伝えるそのメッセージも。