私たちの年の頃何をしてた?―大内学さん《時刻表編集長》に聞く④

 若い時にこれをやっておけばよかったな、と思うことがありますか。

 英語。英語は本当にやっておけばよかったって。これからの仕事はどの仕事でも必ず英語がついてくる。スポンジのように吸収できる若い時になんでやっておかなかったんだろうって、今ものすごく後悔してます。


ちょっと教会のことも聞きたいんですけど。高校時代、教会行ってなかったって
…。それなのになんで大学休学して宣教師になろうと思ったんですか?

高校までは野球のことしか考えてない毎日で。将来何をやろうかもまったく考えていなかった。友達といるのが大好きだったので、友達をすごく大事にしてたし、いつも仲良くやってた。それと、教会行ってなかったくせに教会の友達が大好きで、よく一緒にいましたね。同じ高校の同級生に教会の友人がいたし、違う高校の同級生とは駐輪所が一緒だったから毎日会ってね。駅のホームで、「学!!セミナリ1行った?」「教会行ってないのにセミナリー行ってるわけねーじゃん」って。そういう会話をしてました。

※1セミナリー:14歳から18歳までの青少年を対象とした4年間の宗教教育プログラムです。現在、170以上の国々にセミナリーの生徒が40万人います。日本の生徒たちは大抵学校に登校する前の早朝に教会に集まり、毎朝このクラスに参加しています。

友達がすごく大好きだったから、教会の青少年が行く集まりにだけは毎年行ってた。あれは忘れもしない高校3年のサマーキャンプの最終日。お昼ご飯終わった時に、さっき話した駐輪所の友人と、もう一人の友人が「学、来年もキャンプ一緒に行こうな」って。彼らにしたら別になんともない言葉だったんだろうけど、それがものすごく自分の心に響いた。「あ、俺、これから教会に行かなきゃ」って。その時、教会に行くことをもう一回決意した。本当にその一言。多分、友達に対して何を言うべきかをいつも考えてる人は、必要な時に必要な言葉が言えるんだ、とわかった。今ね、真郷君の同年代でもなかなか教会に来れない人がいるわけだけど、たぶん吉田君からの一言を待っている人がいると思います。誰にでもできるわけじゃなくて、自分にしか誘えない人が、多分いるんだと思います。わたしは、あの二人の友人には感謝してもしてもしきれない。二人とは今でも腐れ縁なわけですよ、本当に。自分のことを本気で思ってくれる友達と繋がってたのがすごく宝になっている。

1年後に九州で再会した大内さんと高校の同級生

宣教師になろうと思った時の話に戻ると、大学1年が終わる頃に、同じ高校に通った教会の友人が、宣教師になって九州に行くことになった。彼が旅立つ朝見送りに行ったら、そこのお父さんがね、「学君、あなたはちょうど1年後に宣教師になります。そして息子と同じ伝道部2へ行って彼と同僚3になります」って。まさかー!って思ったんだけど、でも実際に1年後に僕も宣教師になった。そして、本当に同じ伝道部に赴任して、最初の任地で同僚になって。彼のお父さんの言ったことが全部現実になってた。友人のお父さんの言葉に励まされて、僕は彼と別れた後の1年、宣教師として奉仕するための準備をできたんだよね。当時、友人のお父さんは教会の人たちを指導する立場で、神様が期待しておられることを常に考えている人だった。その人の言葉を信じて試してみたら、絶対本当になるんだ、っていうのをその時に実感しました。

※2伝道部:宣教師が所属する管轄。現在日本国内には札幌、仙台、東京、東京南、名古屋、神戸、福岡の7つの伝道部が存在する。
※3同僚:宣教師は常に二人組で行動するというバディシステムを採用している。これは奉仕活動の場で、互いに助け合うというキリスト教の精神の実践であるとともに、危険や誘惑から自らを守るためのセーフガードでもある。

 

クリスチャンとして、教会で学んでいたことが役に立った経験はありますか?

やっぱり人とぶつかること、カチンとくることはあるんだけど、怒ってもしょうがない。何も生まれない。教会でクリスチャンとして学んでいることは、やっぱり動機は愛でなければいけないというね、Love is motiveだっけ?Motive is Love?英語苦手(笑)。つまり、そういう対応していると、「お前はピュアだな」だったり、「大内君やさしいね、わたしにはできない」とかね。逆にお願い事をすると、「そういう風に大内君にお願いされたら断れないじゃん」ってね。すごく愛の人みたいな感じで言われて、そういう印象を持ってもらえるんだなって感じることがあります。信頼してもらってるって感じますね。これは神様からくる助けなんですよね。

教会に行っている僕らの世代は、クリスチャンとしてどういうことが期待されていると思いますか?

世の中の人がクリスチャンに期待してることって、やっぱりイエス様のように温かい人だと思います。けどそれは、イメージだけがあって具体的にどういうことかは知らない、わからない人が多いと思う。わたしの知り合いが宣教師として奉仕することが決まった時、こんな話をしていました。「あなたを見ているとあなたのお父さんとお母さんがどんなに素晴らしい人かわかるわ」ってよく言われたんだって。でも自分は、「あなたを見ていたら天のお父様お母様がどんなに素晴らしい人かわかります」って言われるような宣教師になりたいって言ったんですね。きっとそれは宣教師だけじゃなくて、われわれクリスチャンにあてはまるもので。「あなたクリスチャンなのよね。あなた見てたらイエス様ってどんなに素晴らしい人かわかる」って言われるような生活をしなきゃいけないんだなって、すごく思います。学校にいても会社にいても、いつも自分はクリスチャンなんだっていう気持ちで、それにふさわしい振舞いをしながら周りの人と接する必要があるんだなって、最近すごく思います。

今日はたくさんの貴重なお話しありがとうございました!

こちらこそ、ありがとうございました。

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