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ハンコック長老インタビュー③ 信仰は生き方

By | 2017-09-15T17:15:21+00:00 2017年5月29日|Categories: 宣教師インタビュー|

➖➖ いつもとてもポジティブに見えますが、大変な時は何がモチベーションになりますか。 わたしの伝道生活の中で一番辛くてストレスのたまっていた時期に、神様の言葉に慰められました。聖典の中に、神様はどのように人をお助けになるのか、が書かれていました。「わたしは誰によってあなたを助けるか」という言葉が印象的でした。モルモン書※3には、「わたしがあなたがたを癒すことができるように、今あなたがたはわたしに立ち返り、自分の罪を悔い改め、心を改めようとしているか。」(第3ニーファイ9章13節)と書いてあります。キリストを求めなければわたしは癒されません。そして、わたしが常にキリストを探し求めていれば、誰かを助けるために、神様はわたしを使ってくださることに気がつきました。神様の道具となり、人を助けることができるということです。これは本当に素晴らしいことだと思いました。 わたしの好きな曲「The Loneliest Walk」には三人の人が登場します。一人は病気の赤ちゃんを産んだ女性で、入院しながら病と戦っている赤ん坊を見守る母親です。もう一人は奥さんを亡くしたばかりの男性。最後にイエス・キリストが出てきます。 イエス・キリストについて、こう歌っている箇所があります。   彼が一歩踏みだすと すぐに次の一歩がやってくる  もう一つの痛み また一つ飲み込む涙  それでも彼は歩み続けた 彼の体は傷ついていて  鞭の痕が残る背中は見るに堪えない  罪深い人間たちが負わせた傷  彼が一歩踏むだすと すぐに次の一歩がやってくる  もう一つの痛み また一つの飲み込む涙  それでも彼は歩み続けた 人生の最も孤独な旅   わたしはこの歌詞を伝道に例えることがあります。伝道でも人間関係でも「痛み」を感じ、「涙」を流すことがあります。この曲は、イエス・キリストが辛い思いを一人で乗り越えた理由を、わたしたちを一人で歩ませたくないためだったと歌っています。このことを知っていると、朝起きる時の大きなモチベーションになります。「誰も一人にはさせない」という神様の約束を、わたしたちも果たさなければなりません。だから、わたしは人を一人にさせない存在でいたいと思っています。   ➖➖ 神様は常に共にいると知っていることで、生活は満たされていますか それは教会に戻って最初に感じた気持ちです。当時は、朝起きた時良い状態ではなかったし、イライラしてばかりでした。伝道に来る前にした祈りで、一人ではないのだと確信しました。朝目覚める時に、今日は友達がいないかもしれない、誰もわたしと話したくないかもしれない、この状態が続くかもしれない、と考えます。でも、わたしは一人じゃない!全部めちゃくちゃだけど、わたしは一人じゃない。そう感じることがいつも支えです。   ➖➖ ハンコック長老は「できない」とい言葉は絶対使わないと聞いいていますが。 わたしはできないという言葉を信じていません。「できない」はネガティブな言葉です。まるで病気のようなものだと思います。人の成長を止めてしまいます。誰もあなたを止めようとしないのに、自分で自分のできることにストップかけてしまう言葉が「できない」です。頑張ろうとするあなたを神様は止めません。恐ろしいことに、止めてしまうのはわたしたち自身だったりするのです。わたしたちはなんでもできます。でも、できないと言えばそれを信じきってしまいます。   ➖➖ 信仰についてどう考えていますか。 わたしは福音が本だけで教えられるものだと信じていません。わたしは聖書が出てくるはるか前にも、クリスチャンがいたと信じています。そして、クリスチャンになる唯一の方法は、自分の信じていることを実際に行う以外にはないと思います。行動と経験があなたを信仰のある人、クリスチャンにするのです。信仰は言葉ではなく生き方です。   ➖➖ 最後に、長老は後数ヶ月で伝道を終え、母国へ帰りますね。どんな気持ちですか。 帰ったら生活が大きく変わります。先日、帰還した宣教師とメールでやり取りをしていました。伝道から帰ると、自分のことをよく考えるように勧められると話していました。「これから数年何をしようか」、「どんな仕事を選ぼうか」、「どんな人と結婚をしようか」というようなことです。宣教師として奉仕をしている間にはほとんど頭をよぎらないものばかりです。伝道は、「あの人をどう助けようか」、「この人をどうやってそこまで導いていこうか」を常に考えている世界です。自分のことばかり考えるようになってしまうのが怖いです。これからも、今のままで、誰かのことを考える生活を変えたくないと思いました。「わたしのために自分の命を失っている者は、それを得るであろう」(マタイ10:39)と神様、キリストも話していますから。   人生の2年間を奉仕活動に捧げているハンコック長老。彼は間もなく母国のアメリカに帰りますが、日本にいる残りの間、そして国に帰った後も、人を助け、キリストの教えを分かち合い続けたいと話しています。「神様との繋がりで得てきた幸せを人と分かち合う」これがハンコック長老の、明るくて前向きな性格の秘訣のようです。彼は良心に従って明るさを取り戻して以来、生活の中で大変なことがあっても、人はいつも神様に守られていて、決して一人ではない、そして人との絆を通して、人はさらに強くなれるのだと、今も熱く語っています。   ※3 モルモン書: 聖書と同様にキリストの生涯について学ぶために読まれている聖典です。おもに、当時まだ知られていなかった西半球で起こった出来事について記録されています。 Previous123

ハンコック長老インタビュー② 若くても出来ることがある

By | 2017-09-15T16:59:56+00:00 2017年5月29日|Categories: 宣教師インタビュー|

➖➖ 伝道に出ると決心したのはどうしてですか よく聞かれる質問です。わたしの答えはいつも簡単です。「そうしなさい」と神様から言われたからです。教会に戻ってから、次々と奇跡が起きました。ある事柄が非常に強い印象で心に残りました。最初の何回かはその印象を無視したのですが、3週間同じことを、同じ時間に、毎日強く感じたのです。最終的には、仕事を辞めて、受かった大学へ行かないことを伝え、そして自分の選んでいたキャリアへの道を中断して伝道へ出ることに決めました。難しい決断だったので、最初は何度も無視しましたが、最後には受け入れることにしました。受け入れた時は疑いがなくなり、穏やかな気持ちを感じました。そこからは事が早く進み、3週間後には、日本へ伝道に行くことになりました。 ―― 良いものを選択したけれど、それとはまた違う道を進むように神様が導いたということですか。そういった神様の促しに従うと、やはりすべてが上手くいくのですか。 一緒に働いてきた宣教師たちを見て気づいたのですが、彼らの多くは素晴らしいアイディアを持っていて、自分が立てた計画を実行するのに積極的です。ですが、神様のアイディアは、わたしたちのアイディアよりはるかに優れたものです。わたしたちに奇妙で難しいことを求めたりなさいますが、それに従うと必ず奇跡が起き始めるのは確かです。 ➖➖ 教会に行っていなかった時期に、自分の自由が奪われていると感じたと話されていましたね。神様の教えを受け入れる時に、生活や習慣の変化が求められる場合がありますが、同じような問題に直面している人にメッセージはありますか。 とにかく神様からの促しを感じたと思ったら、どんなことであろうと行ってみることです。この件に関してわたしが学んだのは、理屈は関係ないということです。わたしたちの考え方と神様の考え方は異なっています。わたしがいつも言うのは、「こればかりは従ってみないと、一生分からないよ」と。誰もあなたの自由を奪おうとしていませんし、自分の自由を奪うのはしばしば自分自身であったりします。神様の教えを理解したいのであれば従ってみるしかありません。試してみてください。試すかどうかの権利は、みなさんにあるのです。タバコをやめた人や他の常用癖をやめようと努力してきた人々を見てきましたが、1週間頑張っただけでも違いはありました。人がそうやって変わっていく姿は素晴らしい奇跡です。 ➖➖ そのような経験をした身近な人のお話をシェアしていただいてもいいですか。 今一人の女性がイエス・キリストのことを学んでいて、彼女は知恵の言葉の戒め※1に苦戦しています。20年以上続いた習慣をやめようとしています。とっても苦労していますが、彼女はやめる努力をしながら、祈り、聖典を読んでいます。わたしは、祈って聖典を読むように進めますが、何についてお祈りをし、どこを読み、どう考えるべきか、決して助言しません。彼女自身が必要とする事柄について祈り、必要としていることを聖典でみつけています。一日6回だった習慣も、今では週1、2回に減りました。ゆっくりだけれど、彼女はとても頑張っています。それを見守るのが嬉しいです。 ➖➖ ハンコック長老自身に難しい経験があったことで、同じような問題に悩む人たちの気持ちを理解しやすくなったと思いますか。 もちろんです。心を変え、行動を変えるのは非常に難しいことだと学びました。けれども、パーティーをすることは難しくないし、飲んだり、良くないものに手を出したりすることはそんなに難しくないのです。他の人も一緒にやっていたら、なおさら簡単にできてしまいます。 以前、バプテスマ※2を受ける決心をした親友がいました。彼は順調に準備していましたが、知恵の言葉※1のことで問題がありました。それは、彼の周りの人たちからのプレッシャーによるものでした。日本の習慣で、新しい人が仕事にやってくるたびに、仕事場のみんなで飲みに行かなくてはならなかったのです。彼はいつもそこで知恵の言葉を守ることができませんでした。彼にやめるように勧めてみました。彼は、「自分だけならやめられるけど、人と一緒にいたらできない」と言っていました。わたしは彼に一つの質問をしてみました。もし、自分が神様の前に立ち「出来る事は全部しました。あの人たちが周りにいる時以は・・・」と話さなければならなかったとしたら、どんな気持ちになりますか?と。彼はそうだねと頷き、飲酒をやめることにしました。 その後、周りは彼に好意的でなくなりました。中傷しました。彼はからかわれたり、物を奪われたりと、とてもひどい目にあいました。でも、彼は「神様が共にいてくださるなら、僕はこのまま頑張れる」と言いました。本当にかっこよかったです。   ➖➖ 伝道をしているといろんな歳の人と出会いますよね。神の教えや人生の幸せの秘訣を語るには若すぎると言われませんか。 そうですね。「君はまだ18、19、20歳ぐらいだろう?車の買い方すらまだ分からないだろう?」と言われたりしますよ。確かに知らないです(笑)。世の中のことはよく知りません。でも、わたしは心のことは分かるし、傷つく気持ちやストレスがたまる気持ちだって分かります、といつも伝えています。もう一踏ん張りができない辛さだって分かります。他の人と同じレベルではないとしても、相手の辛さに共感できる共通点って必ずあります。わたしは神様の教えを試すことで助けられてきました。誰もが同じように試せば、その人の必要なレベルに応じて神様から助けが得られると信じています。 ※ 1 知恵の言葉の戒め:良心にもとづいてわき起こる思いやインスピレーションに敏感になるため、意識を覚醒したり阻害するものを避ける目的で与えられたものです。 ※2 バプテスマ:クリスチャンになるために受ける儀式です。洗礼とも呼ばれます。 123Next

ハンコック長老インタビュー① いじめっ子だった過去

By | 2017-09-15T17:09:15+00:00 2017年5月29日|Categories: 宣教師インタビュー|

先祖代々教会員の由緒正しい家庭に生まれたハンコック長老ですが、以前は教会に不真面目でいじめっ子だったそうです。どのようなきっかけで改心し、今どのような思いで伝道しているのかインタビューを行ってきました。  ハリソン・ハンコック長老:アメリカ、ユタ州プロボで生まれ、テキサス州で育つ。四人兄弟の長男。今は家族から離れ、日本の近畿・四国地域で宣教師として活動している。 ➖➖ 20歳になってどんな気持ちですか 少し変な気持ちです。頭では伝道に出たころの18歳のままの気分。この2年間たくさん変わり、たくさんの事を学びましたが、歳をとっていく実感がありませんでした。伝道生活は前の生活とは違っていたので、気づかないうちに月日が経っていました。19歳になった時は全然気にしなかったけれど、20歳は一つの節目でもあるのですごく変な気持がします。 ➖➖ もう数ヶ月で伝道が終わりますが、どんな気持ちでこの2年間を過ごされましたか 伝道中すごく解放感を感じました。勉強や他では経験することのない方法で、自分の考え方や感じ方が、以前とは変わりました。自分の信じていることを、毎日実践する時間になっています。上手く説明できませんが全身全霊が変わるような経験です。   ➖➖ 長老のご家族は先祖代々末日聖徒イエス・キリスト教会の会員だと聞いていますが。 はい。それが、面白いことに、わたしの先祖は教会の設立当社までさかのぼることができます。5代前の曽祖父、ソロモン・ハンコックは子どもの頃、教会の初代の指導者ジョセフ・スミスと一緒に遊んだ仲でした。1830年、ジョセフ・スミスが預言者になり福音を彼に紹介した時には、それを受け入れました。後に、土地を追われた聖徒たちとともに、ユタ州へ旅をしました。最後は、そこで亡くなったと聞いています。 ➖➖ 先祖との繋がりを感じていますか。 先祖との繋がりは強く感じています。伝道前、わたしの体に腫瘍が二つ見つかりました。一つは膝にあって、もう一つは右耳裏の後頭部にありました。伝道前に後頭部にある方を手術しました。手術を受けた時、早期の快復を願って父が祈ってくれました。「わたしの先祖がわたしと共にいて見守ってくれる」と言われました。この祈りがきっかけであの日以来、彼らの存在をとても近くに感じています。 ➖➖ 教会から離れてしまった時期があったと聞きましたが、再び戻ってくるきっかけとなったことはなんですか。 14、15歳から17歳にかけて教会から離れていました。その当時は教会が嫌いで、会員をいじめていました。良いものであると思ってはいましたけれども、神様の助けなしに自分だけでやっていけると思っていました。とにかく、自分らしく生きたかった。教会がわたしの自由を奪っている気がしたのです。それが理由で、わたしは教会を離れて、嫌な行為までしてしまったのです。 あまり良い気持ちがしなかったのを覚えています。とても自己中心的になっていました。友達を全員無くし、その中の一人はわたしのせいで教会にも行かなくなってしまいました。高校も退学になりかけていました。すでに2度も警告されていたのに、3度目を目の前にして、両親ともよく喧嘩をしてしまったものです。 そんな中、ある夜、わたしは祈りました。いくつか悲しく思っている事もあったので、神様に二つの質問をしました。 一つ目は、「あなたが本当に存在しているのなら、なぜここにいないのですか。なぜわたしは一人ですか。問題を抱えたわたしを助けてくれるはずじゃないのですか」と尋ねましたが、答えを得られませんでした。 そして二つ目に、「あなたはわたしを知っていますか」と神様に聞きました。少し時間がかかりましが、神様は実際に耳で聞こえる言葉でわたしに答えてくれました。心を打たれるようなとてもプライベートな返事で、決して忘れることのない経験です。あの時はただ、ただ、泣きました。 そして、過ちの行動を全て反省し、傷つけた人たち全員に謝るように言われました。ですので、わたしは傷つけた人たちを一人一人訪ねて謝罪しました。 一番辛かったのは、教会に来なくなってしまった友人への訪問でした。わたしは一人で彼の家に向かいました。彼は一人っ子で、当時彼の両親はニューヨークにいましたので、変わりに彼のおばあちゃんに話をしました。その後、友人と話をしましたが、泣きながら自分がしてしまったひどいことを謝り、「神様が僕たち二人に戻ってきて欲しいと感じているから、一緒に戻らないか」と聞きました。彼は「いいよ」と答えてくれました。そして、その週の日曜日から再び、わたしたちは一緒に教会へ集い始めました。その時、初めて自分の過ちを赦(ゆる)してもらえたと感じました。もちろん、学校も無事に卒業できました。 123Next