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第12回「探しものは何ですか?」

By | 2017-07-31T15:24:41+00:00 7月 31st, 2017|Categories: ブログ, 岸信子|

わたしの世代だと、「探しものはなんですか?」と聞けば、すぐに浮かぶのは、 井上陽水さんの「夢の中へ」でしょうか?   最近の歌はなかなか覚えられませんが、 若い頃に歌っていた歌の歌詞は、今でもスラスラ出てきます。   探しものは何ですか? 見つけにくいものですか? カバンの中も 机の中も 探したけれど見つからないのに まだまだ探す気ですか? … 休む事も許されず 笑う事は止められて はいつくばって はいつくばって いったい何を探しているのか …   と、続くこの歌、わたしもよく熱唱したものです。 ♪♪♪   (^O^)  ♪♪♪ …   探しもの。 わたしの 探しもの。 …   小学生だったわたしは、時々、死んだらどうなるんだろう?と考えました。 火葬されて体がなくなる。 こうやって考えているわたしの”思い”自体もなくなるの? わたしは消えてしまうのかな。 消えたわたしはどこへ行くの?   中学生だったわたしは、しばしば、どうして勉強するんだろう?と考えました。 因数分解、三角関数、元素記号、歴史の年号、遠い外国の山脈の名前 …  何の役にたつんだろ?   高校生だったわたしは、折に触れて、何のために生きているんだろう?と、考えました。 どうして世の中は不平等?何が正しい?普遍的なものは何?…わからないことだらけです。 …   本が大好きだったので、結構読んだかと思いますが、本の中に答えはなく、 先生からも、親からも、友達からもそれは得られず、見つけられないままでした。   それが見つかったのは、短大1年生のとき。 キリストの教えを知ったときです。   『人はどこから来て、 何のためにここにいて、 死んだらどこへ行くのでしょう?』 [...]

ロス長老インタビュー① 自立の精神を養ったホームスクーリング

By | 2017-07-27T15:14:10+00:00 7月 26th, 2017|Categories: 宣教師インタビュー|

今回の宣教師インタビューはアメリカのワシトン州シアトル市から来た、ジャック・W・ロス長老です。 日本の近畿・四国地方でキリストの教えを伝え、人の役に立つ活動に携わってきた、現在20歳の青年です。 シアトル市の対岸、ビュージェット湾に浮かぶ島であるベインブリッジアイランドで四人兄弟の長男として育ったロス長老は、日本では馴染みのない生い立ちを持っています。それは一体どんなものでしょう。 そして、どんな気持ちで日本で宣教師として活動をすることにしたのか、探ってきました。   ➖➖ロス長老は日本では馴染みのない育ち方をされたと聞いていますが、それはどんなものなのか教えてください。   そうですね、私はホームスクーリング※1(自宅で義務教育を受ける)の家庭で育ちました。普通の学校に通学せず、代わりに母から、自宅で、兄弟たちと一緒に教育を受けました。家で教育を受けることをホームスクーリングと呼びます。   ➖➖ロス長老は学校に通わず幼稚園から高校まで自宅で義務教育※2を受けたのですね。すごいですね、全く学校に行ったことがないのですか。   いいえ、いくつかの学校・社会活動、教会の集まりには参加しましたよ。初めて学校に行ったのは中学の時で、数学、音楽、日本語のクラスをとるためでした。そして高校の時は、インターネットでいくつかのクラスをとりました。ですが、学校に年間を通して通学した経験はないです。     ➖➖ホームスクーリングはロス長老にとって良い経験でしたか。具体的にどんなところが良かったのか、もしあるなら聞かせてください。   家で勉強をするので、常にリラックスした環境で学習ができたことが良かったです。わたしの場合は、母が教師代わりになってくれたのでラクでした。母は逆に大変でしたが(笑)。4人兄弟で、それぞれ3歳の歳の差があるので、同時に全員教えるのは大変そうでした。当時15歳、12歳、9歳、6歳の母親としてだけではなく、教師としても一日付き合うことを想像してみてください。かなりの労働です。   そんな母はたくさんの教材を調べて、一番良いと思った教科書や本を選んで使って くれました。そして、1日の勤めを果たし終わった夜には、今度はわたしたちに教えることをまず自分で予習をして、準備して、次の日にそれを教えてくれました。これを毎日繰り返していました。高校生になった時は、母ももちろん教えてくれますが、それと同時にわたしも自分で勉強のスケジュールを立てて、自分で宿題をする時間やテストを受ける時間を管理していました。普通の学校とは違って、自ら責任を持ってやらなくては、何も進まないまま時が経ってしまいます。ですので、やらなかったらその分だけ溜まって、後からこなさなくてはなりません。一年生の時は、それが上手くできずにいっぱい溜め込んで、大変な目に遭いました。でも、失敗して、責任を持って「やるべきことをきちんとやる」ということを学ぶ良い機会でした。   ➖➖ご両親がホームスクーリングを選んだ理由はなんですか。   私が初めて幼稚園に通う歳になった時のことです。どうしてかは分からないですが、母は、私が学校へ通ってもつまらないと感じるだろうと思ったらしいのです。わたしはそう思いませんでしたが(笑)、母はそう思っていました。そして、何よりも母が心配していたのは、学校の評判が悪かったことでした。周りの保護者から近所の学校があまり良い学校ではないことや良い先生が少なく、生徒の評判も悪いという話しを聞いていたので、母は悪い影響をとても心配していました。母自身でも色々調べて、いろんな選択肢を検討した末に、祈り、自分が家で教えるべきだと強く感じたそうです。それ以来、ずっと家庭で教育をしてきてくれました。家庭で教えるにはたくさんの時間と犠牲もあり、彼女は少しずつやり方を学び、工夫をしてくれました。ホームスクーリングを通して、わたしたち家族全員が一緒に成長する機会を得ることができたのではないかな、と感じています。それに、健全な環境を求め、努力を惜しまず教えてくれた母をとても尊敬しています。学校に通ったことが実際にないので完全に比べることはできませんが、良い友達を作る機会もたくさん与えられたし、なんといっても大切だと思う家庭を中心にして生活ができたことに感謝しています。   ※1 ホームスクーリング: ホームスクーリングが盛んな米国などでは、家庭を拠点としながら大部分の時間を戸外の教育機関で過ごすケースがあるため、在宅教育(ホームスクーリング)とともに、自宅ベース教育(home-based education ホーム・ベイスド・エデュケーション)と言う表現も使われる。現在、日本の文部科学省は学校教育法の規定により「義務教育を家庭で行うことを認めていない」としており、従って、日本国内でこれを行う保護者は学校教育法に抵触する事になる。(ウィキベディアより)   ※2 アメリカの義務教育は就学年齢・高校卒業資格などが州によって異なり、また各学区の権限が非常に大きく、学区によって始業日・終業日・休校日・年間授業時間、中学校や高等学校の進級学年の区切り、カリキュラムの内容、飛び級などの方針が異なるが、幼稚園の年長組に当たる年から12年生(小学校1年から12年まで、中学・高校になっても1年から数えなおさず順に数える)までの13年間を指す。通常は初等・中等教育を称してK-12(幼稚園から12年生まで)と呼ぶ。(ウィキペディアより) 次ページ

ロス長老インタビュー② 不安があってもやってみる 信じることは実践すること

By | 2017-07-26T18:04:26+00:00 7月 26th, 2017|Categories: 宣教師インタビュー|

➖➖ホームスクーリングをしたことが今宣教師として役に立ったと思いますか。   わたしは家に長くいた分だけ、勉強と一緒にたくさん母から学びました。彼女から楽観的になるように、また一生懸命働く姿勢を常に見せてもらったし、教えてもらいました。そして、生活のどんなことも神様に頼るように、つまり困った時や悩んでいる時に、祈って神様の期待されていることを尋ねてみたり、互いに助け合ったりする大切さを学びました。神様の言葉を読み、戒めに従って生きれば祝福されると教え続けられ、共に実践してきました。それらの教えは神様を信じるわたしの信仰を強くしてくれたので、神様の言葉を分かち合う宣教師になるうえでは非常に役に立ちました。おかげで、何かを信じるとういことは、単に信じて終わりではなくて、信じているものを実践することが大切だと学びました。そして信じて実践したものは、かならず自分の生活の全ての分野において大きく影響をするのだとよく理解ができました。     ➖➖ロス長老は2年間宣教師として奉仕活動に出ていますが、宣教師は金銭的な準備が必要ですよね。どのようにして準備をしてこられたのですか。   宣教師として活動する期間は働けません。ですから活動の期間の費用は自分たちで前もって準備をして払わなければなりません。私は音楽が好きでピアノやトランペットやトランボンが弾けます。そしてギターも練習していました。音楽隊やジャズバンドなどにも参加しました。ですので、日本に住むための資金は子供にピアノレッスンをして貯めました。     ➖➖ 宣教師になるためには、個人の生活を中断して決まったルールやスケジュールに沿って奉仕に励まなくてはなりません。自己犠牲の大きい勤めです。ロス長老は宣教師になると決めた時はまだ若い高校生の歳でしたよね?その きっかけとなったものはなんですか。宣教師になるまでの心境を分かち合ってください。   わたしの家族全員がモルモンの教会員です。昔、わたしの母側の祖父母と父側の祖父母が教会に改宗して以来みんな会員です。そして、わたしの父も若い頃宣教師としてキリストの教えを人々と分かち合ってきました。ですので、わたしの育った環境の流れでは、わたしも宣教師になる日が来るのだろうと感じていました。宣教師として人に仕えることが大切だということを知っていましたが、高校生になって実際に宣教師になる日が近づいた時は、怖くなりました。なぜなら、2年の間、家族や友達や好きなことから離れて、毎日、一日中人とふれあって教会の教えを分かち合い、必要な時に人を助けることが中心の生活ですから、不安になりました。両親を通して教会のことが大切だと学んでいましたし、教会の教えもないがしろにしたことがありません。宣教師になることは自分に良い経験になるということ、また、人のために働く、人にキリストの教えを分かち合うのは素晴らしいことであるとも知っていました。でも2年間も犠牲を払うことが自分にはできるかな、本当にしたいことかなと悩んだのです。 教会の宣教師として活動することを決めると、まず教会の本部に申請を出します。そして自分が精神的、体力的に準備ができているのかが確認されます。ですが、自分がどこで活動をするのかは決められません。悩んでいる上に、どこに行くのかも分からないし、そのための資金も貯めないといけないし、とても大変だと感じていました。でもある時、EFYという教会の若者のキャンプに一週間参加しました。教会の若者たちが集まり楽しい活動をします。共に聖典を読んだり、祈ったり、みんなと仲を深めたりする特別な期間を過ごしました。そこでグループを指導してくれたある大学生が、自分の宣教師時代の経験をいつも分かち合ってくれました。彼の素晴らしい経験をたくさん聞いているうちに、自分もそんな経験をしたいと強く心に感じました。わたしの中で初めて「奉仕するべき」という気持ちが「奉仕がしたい」に変わった瞬間でした。以前は宣教師になることに対して、それが大事だと知っていただけですが、この時はそれに対して良い気持ちを感じるようになりました。やるべきことに不安があっても、それに対して心の中で良い気持ちを感じるならば、それはやるべきものなのだと思います。だから、わたしも 宣教師になることを選べました。   ➖➖今2年間の奉仕活動が終わりますが、当時の気持ちと今とでは違いますか。   宣教師になる前の自分と今の自分は全く違います。 奉仕活動に携わることを不安に思っていたわたしは、今では逆にその活動ができることに毎日喜びを感じるようになりました。宣教師として旅立つ一週間前に教会に行きました。その教会で活動している宣教師たちに会いました。彼らの宣教師らしい姿を見て、わたしももう少しで仲間になるのだと思うと、興奮して彼らに握手したのを今でも覚えています。それはそれで良かったのですが、それに比べたら今感じる喜びの種類は外見的なものではなく、より深い良いものです。人に仕えること、神様の教えを分かち合うことこそに喜びを感じるようになりました。本当の意味で人を助ける大切さをこの2年で学びました。   ➖➖最後に日本に来て宣教師になった感想をお願いします。   宣教師として最初は不安だらけのわたしでしたが、実は心の中では「日本へ行ってみたいな〜」と思っていました。その願いが叶ってとても嬉しいです。多少不安があっても、やるべきだと感じたことに従って本当によかったです。神様への自分の信仰も強まりました。たくさんの素晴らしい人にも出会って、たくさんの良い経験をしました。日本に来ていない自分を今では想像することすらできません。最高の決断でした。 わたしたち宣教師は毎日祈り、聖典を通して神様の言葉を勉強し、人に仕えることを生活の中心にしています。どうやったらもっと人の役に立てるのかを常に考えて計画をしています。そして個人の成長を目指し、良い人になれるように努めています。宣教師としての期間を終えた後も、良い人になれるよう頑張りたいし、信じていることを生活の中心にしたいです。   インタビューの数日後に、アメリカに帰国するロス長老をお迎えに、彼の両親と兄弟たちが全員日本に来ていました。彼の話していたお母さんにお会いし、お話しをする機会がありました。子どもの生活に朝から晩まで付き合う彼女は疲れ切ったお母さんでは?というイメージがありましたが、実際は全く逆でした。教育としつけの多くを学校に任せてしまいがちな世の中にあって、元気で、信仰心の強い、そして愛の強いお母さんであり、教育者としての務めに生きがいと幸せを感じている素敵な女性でした。 自分の音楽の才能を活かして準備をし、思いっきり奉仕活動への冒険に挑んだロス長老。その頑張る姿の裏には、家庭で受けてきた家族からの愛と、母から受けていた熱心な教育があり、それが宣教師としてのパワーのベースになっていたようです。ホームスクーリングを通して、ポジティブさとやるべきことをしっかりこなすことを学んできたロス長老は責任感にあふれた実践派の宣教師として活躍しました。 自分の信じていることを実際に人に分かち合うって結構勇気のいるものですが、国を離れて自分の2年間を捧げてくれた長老の自己犠牲と積極的さによって、多くの人を笑顔にしたことでしょう。 前ページ