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ハンコック長老インタビュー 先祖調べの壁を克服して自分のルーツをたどった青年②

By | 2017-10-20T21:12:08+00:00 2017年10月6日|Categories: 宣教師インタビュー|

宮城県美里町(みさとまち)−寒河江(さかえ)孝之(たかゆき)さんとの出会い 左から寒河江孝之さん、ハンコック長老、関口伝道部会長夫妻 「最初に会いに行ったのが寒河江(さかえ)孝之(たかゆき)さんでした。彼は一人暮らしで、自宅の隣にアパートを所有していました。会ってどんな展開になるのか想像できませんでしたし、何と話しかけたらいいのかも分からなかったので、最初はちょっと緊張していましたが、同時にとてもワクワクしていました。 家のベルを鳴らすと、彼が出てきて、わたしを待っていてくれたのか、とても喜んでくれました。わたしも彼を見て感激しました。『わたしの親戚だ』と思うと、とても嬉しくなりました。彼はすごく良くしてくれました。握手をして、写真を一緒に撮りました。たくさん撮りました。 家に案内してくださると、バインダーを見せてくれました。長年かけて集めたコインと切手のコレクションでした。日本の古い切手やロシア、アフリカ、中東など、いろいろな国のものがありました。五百円札や古い一万円札などもあって、カラフルですごくクールでした。孝之さんは、寒河江家の立派な印鑑と一緒にそのバインダーをわたしに渡すと、「これ全部あげるよ」と言いました。会ったばかりなのに!長年大切に保管していた宝物をわたしにくださるなんて、感激でした。 わたしのほうは宣教師として来日してキリストについて教えているのだということをお伝えできました。そして、彼にモルモン書とわたしの名刺を渡しました。わたしが大事にしているものを親戚に渡すことができたのは、感動的でした。」 宮城県涌谷町(わくやちょう)──寺島綱蔵(てらしまつなぞう)さんとの出会い 寺島さんの自宅で家族の写真を見せるハンコック長老 「次に行ったのは寺島綱蔵(てらしまつなぞう)さんの家でした。ドアを開けると、彼は床に身をかがめ、ひざをついて挨拶をしてくれたので、本当にびっくりしました。その姿を見てとても慎ましい気持ちになりました。 家の中に案内されると、古いアルバムをたくさん出してきて、次々に見せてくださいました。ブラジルに住んでいた頃の曽祖父母や家族と一緒に、母が写っている写真が目に留まりました。これまで見たことのない写真でした。多分母が14歳頃のものだったと思います。寺島さんのお母さんとわたしの曽祖母は姉妹同士で、その二人の写真も見せてくれました。とても感動的でした。わたしたちは家族なのだ、血がつながっているのだと感じた瞬間でした。 しばらくおしゃべりをして、一緒に記念写真を撮りました。モルモン書について少し話し、わたしの名刺と一緒に渡しました。寺島さんは読書が大好きなのだと言って、喜んで受け取ってくださいました。ついさっき電話したときも、モルモン書を気に入って読んでいる、と話してくれました。とても嬉しかったです。 帰り際に「ちょっと待って」と引き留められて、「もう一つの宝物」を見せてもらいました。わたしの曽祖父が亡くなったときの葬儀プログラムのようなもので、曽祖父の写真と、ポルトガル語が書いてありました。曽祖父の写真自体もあまり見たことがなかったので、とても感動しました。心から、寺島さんと会えて良かったと思いました。」 寒河江徳蔵さんの長男タカオさんの家族。左から3番目、後列に立っているのがハンコック長老の母親、清子さん ハンコック長老は連絡が途絶えていた親類の二人と対面できたことを「こんな素敵な形で彼らに会えると思っていませんでした。これは奇跡です」と話していました。先祖を見つけたいというハンコック長老の思いが天に届き、神様が先祖や親族を見つける機会を作ってくださったのかもしれません。   寺島さんの祖母とハンコック長老の曾祖母は姉妹であった。 ──旧約聖書には「父の心をその子供たちに向けさせ、子供たちの心をその父に向けさせる」(マラキ書4章6節)という預言者マラキの言葉があります。今回経験したことの後にこの聖句を思い起こすと、どのような気持ちがしますか。 「家族は一つです。遠い親戚も、兄弟姉妹も、両親も、子供たちも、みんな一緒です。その聖句を思い出すと、神様が家族を大事に思っておられることが理解できて、何とも言えない気持ちを感じます。神様はわたしたち一人一人を心にかけてくださっているので、わたしの家族と日本の家族をめぐり合わせてくださったのだと思います。わたしたちを一緒にしたかったのだと思います。」 「イエス・キリストの福音は、家族が一つになる方法を教えてくれるのだと実感しました。わたしたちがどれほど離れているかは問題ではありませんし、いろいろ過ちを犯してきたとしても関係ないのです。イエス・キリストを通して『先祖の心が子孫に向き、子孫の心が先祖に向く』ことができます。そして、それを通して家族は強められ、一つになり、幸せになることができます。わたしの今回の経験は、マラキの言葉の実現だと感じています。」 ──今回の出会いと、宣教師として過ごしたこの2年は、ハンコック長老の家族、つまりアメリカの家族、そして日本の家族にどのような影響をもたらしましたか。 「ピッタリ表現できる言葉が見つからないほどわたしにとって意味があります。たくさん経験し、益になりました。また、いろいろ学んで、神様の存在をさらに強く感じるようになりました。家族の絆も強まりました。家族一人一人の気持ちもさらにスピリチュアルになったし、もっと強く、そして信仰深くなりました。今回先祖たちの記録が見つかったおかげで、わたしたち家族は神殿で彼らの供養の儀式を行う機会を得ました。特別なことです。」 「宣教師としての経験はわたしにとって大きな意味があります。本当に何ものにも代えがたい素晴らしい時間でした。帰国しなければならないのはとてもとても寂しいです。最高の2年間でした。でも、前に進まなければなりません。今後の人生でもまだまだ良い日、良い年がやってきます。日本での2年間は、わたしの20年間で最高の2年間というだけで、これからの人生、最高の2年はまだまだ訪れるはずです。これからさらに良い、最高の時期(とき)を経験し、それによって前進し、成長を続けていくのだと思います。神様はわたしたちのために良いことをたくさん用意してくださっています。そして、この2年はわたしへの訓練と準備の期間だったと思っています。素晴らしい人たちとの出逢いにも恵まれて、素晴らしい奇跡を経験した時間でした。」 日本に来て、宣教師としても素晴らしい経験ができたハンコック長老は、自身の信仰を強めることができただけでなく、第2の故郷ができたことをとても喜んでいました。伝道で一番印象に残っていることは何ですかと尋ねると、特別なことがたくさんあったため、答えるのは難しいとのことでした。でも、親戚と会えたことがその一つだったのは間違いありません。はるばる来日し、この地の人々に奉仕し、遠縁の親族と出会い、宝物とも言える貴重な先祖のことを学び、先祖の故郷で幼い頃の母の写真まで見つけたハンコック長老は、その経験を、感動の涙を流しながら語ってくれました。2017年8月18日に帰国した彼は、アメリカで今頃、先祖を慕って、彼らの供養の準備をしていることでしょう。 寒河江徳蔵さんの葬儀プログラムより 1896年(明治29年)7月15日生まれ、1969年(昭和44年)7月27日逝去。 「労働」、「名誉」、「正直」をモットーに生き、自身と隣人の幸福のために尽力した。葬儀は、サント・アゴスチーニョのキリスト教会で執り行われ、クリスチャンとして生涯を過ごした故人の信仰を称えている。 前ページ

ハンコック長老インタビュー 先祖調べの壁を克服して自分のルーツをたどった青年①

By | 2017-10-06T19:12:45+00:00 2017年10月6日|Categories: 宣教師インタビュー|

人生で誰もが一度は自分の家族がどこから来たのか、どんな先祖がいて、どんな親族と繋がっているのかと、思い巡らしたことがあるのではないでしょうか。その先祖がもし、違う文化の人たちで、自分が行ったことのないような遠い国に存在していたとしたらどうでしょう。今回は、そんな遠縁の存在と巡り会った宣教師、ヨールダン・コール・ハンコック長老へのインタビューです。 アメリカ育ちのハンコック長老(20)はユタ州に住む大学生です。アメリカ人の父と日本人の母のあいだに生まれました。本人曰く、自分は普通の学生で、友達とよく遊び、映画を見たり、ゲームをしたり、美味しい物を食べて過ごしていたそうです。十代の頃から聖書の勉強会に参加し、毎日欠かさずに祈り、寝る前には聖書を読む信仰の篤い青年です。その熱心さに加えて、友人や家族の影響もあり、いつか宣教師になりたいと願っていました。その思いを叶えるべく、2015年の10月から2017年の8月まで、日本の東北地方を拠点にモルモンの宣教師として奉仕活動をしていました。 日本に先祖の起源を持っているハンコック長老は、宣教師として来日することが決まって以来、先祖のことを気にし始め、家系図すなわち家族歴史の探求を試みました。母親から聞いた話により、また教会のオンライン系図サービスで自分の家系図を検索したことにより、先祖が「宮城県」にいるということが分かりました。ハンコック長老が奉仕活動をするまさにその地域であったことに、運命を感じずにはいられませんでした。 ──ハンコック長老の先祖が、自分が奉仕する仙台伝道部の地域内にいると知ったとき、どのように感じましたか。 「わたしが日本という任地に送られた大きな理由であるように感じました。先祖がどこにいたのか、誰だったのかもよく知らなかったので、もしかしたら、親戚を見つけられるかもしれないと期待しました。彼らの記録を見つけて供養の儀式※1ができたら、と想像しました。それが実現すれば非常に特別な経験になるだろうと思い巡らし、ワクワクしてきました。」 ※1 供養の儀式:ハンコック長老のように、多くのモルモンも、先祖との絆を強めるために熱心に家系図調査を行なっています。モルモン教会では家族がこの世を超えて永遠に一つに結ばれることを信じているためであり、大切な先祖の情報を探しては先祖の供養をします。その救いの儀式は、「神殿」と呼ばれる特別な建物で行われています。日本には、東京(2017年9月に改修工事のため閉館)、福岡、札幌の3カ所に神殿があります。 先祖に心を向け始めたハンコック長老でしたが、そもそも日本人の母親がいながら、なぜ日本の先祖のことをあまり知らなかったのでしょうか。 ──日本の親類のことはご両親や他の人たちから聞いていませんでしたか。 「わたしの母は見た目は日本人ですが、性格はどちらかというとブラジル人です。母国語もポルトガル語ですし、母と家族はブラジル人として育ちました。そのため、先祖が日本から来たということ以外は、あまり詳しく知らなかったようです。」 ブラジルへの移住の経緯はこうでした。1929年、ハンコック長老の母方の曽祖父にあたる寒河江(さかえ)徳蔵(とくぞう)さんが、日本からブラジルのサンパウロに家族とともに移住しました。その後、寒河江家の人々が再び日本の地を踏むことはありませんでした。ハンコック長老は、ブラジルに移住した寒河江家の子孫として初めて、故郷を訪れることになったのです。   ハンコック長老の曽祖父寒河江徳蔵さん。ブラジルサンパウロの自宅の前で。 ──宣教師になるための申請を出したとき、任地の希望がありましたか。 「わたしの兄は中央アメリカのホンジュラス、もう一人の兄はアルゼンチン、そして父はブラジルで同じように宣教師として奉仕しました。みんな中南米に送られましたが、わたしは自分が南米に行くとは思っていませんでした。むしろ、日本に行くのではないか、と感じていました。ですが、任地に関してはこだわりたくはありませんでした。どこであろうが、神様が望んでおられる場所であればどこへでも行くつもりでいたからです。それでも、日本に行くことになるのではないかな、という印象はずっとありました。任地が日本の仙台伝道部であると知ったときは、「やっぱり」と思いました。母もとても喜びました。自分の送られる場所が母方の先祖の故郷だと知ったのはその頃でした。わたしが家族の中で初めて日本に行くことになったので、みなとても興奮しました。」 モルモンの教会には、世界中に421の任地(伝道部と呼ばれる)があります。ハンコック長老は任地が決められる前から「日本」に行くと感じていたそうです。しかし、宣教師にはなすべき勤めがあります。英会話を教えたり、キリストの教えを人々に伝えながらたくさんの奉仕活動を行います。そのように忙しいスケジュールにあって、思うように親戚を探すことはできなかったようです。 ──宣教師として来日している期間は、伝道活動が主で、なかなか先祖の探求をする機会はなかったようですが、この2年、先祖のことはやはり気になる存在でしたか? 「心の中でいつも気にかけていましたが、どこをどう探せばいいのかがよく分かりませんでした。わたしが宮城県仙台市の上杉に送られた時、わたしの先祖がその近くの出身だと分かりましたので、当時の伝道部会長※2だったスミス会長に相談してみました。すると、「時間があれば探してもいいですよ」と言ってくださいました。ですが、方法も分かりませんでしたし、クリスマスの時期でいろいろ忙しくて実現しませんでした。その後、違う地域に異動になり、半分あきらめていました。いつか家族と一緒にまた日本に来て探せたらいいかなと思うようになりました。正直、宣教師として日本にいる間に先祖を見つける機会はもうないだろうと思っていました。」 ※2 伝道部会長:各伝道部には宣教師を指導する夫婦がいます。彼らは伝道部会長と呼ばれ、彼らも3年間、決められた任地で宣教師と同じように奉仕します。 ハンコック長老が伝道を終えるちょうど2か月ほど前、新しい伝道部会長が任地にやってきました。日本人の関口夫妻でした。伝道を間もなく終えるというときに起きた出会いが、ハンコック長老の家族歴史の探求の運命を変えることになったのです。 ──関口会長夫妻が仙台に来てからのことをお話しいただけますか。 「関口会長との最初の面接がありました。どういう経緯だったか覚えていませんが、家族について話しました。 その時は、先祖のことを話そうなどとは考えていなかったのですが、自然な流れで、先祖が宮城県出身で、できれば探したいと思っていたこと、でも、彼らがどこにいるのか、どのように彼らの記録を見つけたらいいのか分からないでいる、と伝えました。 すると、関口会長は電話を取り出し、その場で東京にいる知り合いの家族歴史スペシャリストに電話をしたのです。わたしの持っていた母方の先祖の名前と、幾つかの地名や日付の情報を伝えると、『その情報があればすぐに調べられます!』との返事。それを耳にした瞬間,驚きと興奮を覚えました。 関口会長がすぐに電話してくれ、その後も先祖の探求を一緒にしてくださったおかげで家族の戸籍謄本を手に入れることができました。わたしはあまり漢字が読めないし、特に古い漢字は分からないのですが、関口会長夫妻がそれを解読してくださり、たくさんの先祖の名前を知ることができました。また関口夫妻は、古い住所を頼りにわたしの親族を探しに行ってくださって、奇跡的に彼らを見つけることができたのです。」 2017年の7月下旬に関口会長夫妻はハンコック長老の戸籍謄本の情報を元に現地を訪れ,電話帳を調べ、何度か聞き込みを重ねた結果、徳蔵さんの親戚にあたる寒河江(さかえ)孝之(たかゆき)さんと、徳蔵さんの妻ツナノさんの親族、寺島綱蔵(てらしまつなぞう)さんに行きつきました。その2日後、ハンコック長老は関口会長夫婦と一緒に、二人の親族を訪問することになりました。ハンコック長老が米国に帰国する5日前の8月14日のことでした。 次ページ

家系図探求ソフト『ファミリーサーチ』が朝日新聞Globeで紹介される

By | 2017-09-27T17:39:41+00:00 2017年9月27日|Categories: スタッフブログ, ブログ|

家族の歴史、家系図に興味をお持ちの方にお知らせ。 モルモン教会の家系図探求ソフト『ファミリーサーチ』が朝日新聞Globeで紹介されました。 キリスト教でも先祖供養をするんです。               詳しくはこちらから⇩ 世界中から54億人のデータを収集~米国の「ファミリー・サーチ」

対談 Orangestar × M.B 通算1,500万回再生の音楽動画クリエイターがヒットの裏側を語る⑩

By | 2017-09-20T19:22:10+00:00 2017年9月20日|Categories: モルモン×人々インタビュー|

動画再生回数1,500万回以上「未完成エイトビーツ」のボカロP:Orangestarと,タッグを組んでヒットを放つイラストレーターM.Bが, 今だから語る制作秘話 Session 10 『快晴』と後日談 Orangestar:というわけでイイ感じに終わった対談というか、やっぱり終始ただの雑談でしたけど。(笑)この雑談をしにM.Bさんの家に行ったのがまだ5月で今9月なのでもう既に結構経ってますね。 M.B:皆を代表して俺に盛大なツッコミをさせてくれよ。 Orangestar:なんですか。 M.B:いやまだおったんかーい!(笑) Orangestar:そう、僕の中ではもう7月には旅立ってるつもりだったのでDAYBREAK FRONTLINEを投稿して4月にライブやっておしまい!って感じだったんですけど渡航ビザの関係で思ったより出発が延びたので、じゃあライブでやったあれも最後ちゃんと動画化して投稿しようかってことで『快晴』を投稿して、今も後日談なんか語っちゃったりしているわけですけど。 M.B:なるほどね。 Orangestar:なので僕の中ではあの動画は番外編というか後日談というか、そういう立ち位置ですね。だから動画も普段よりちょっと遊んでみたり、内容についてはあの通り、イントロと詞に全て捧げました。 M.B:なるほどなるほど。じゃあ、締めて歌詞的にも快晴はみんなへの別れの挨拶として丁度いい感じになったわけだ(笑) Orangestar:そうですね(笑) M.B:旅立っていく前に皆に言いたい事はありますかね。 Orangestar:M.Bさんがそのうち個人の画集を出すと思うのでその時はぜひ買ってやってください。皆さんお元気で!またね、Sky Arrow ! M.B:最後に俺を立ててくれた(笑)。 またね、Sky Arrow ! 「快晴」2017年8月 番外編 編集者から: 10回にわたりお届けしてきましたOrangestarさんとM.Bさんの連載,お楽しみいただけましたでしょうか。 Orangestarさんの発言のとおり,お二人の対談を収録したのは5月の風強い日でした。第3回のイメージカットにあるように,しっかり撮影機材を持ち込んでの収録でしたが,現場でまさかの顔出しNG宣言,急遽ご覧のような写真でお届けすることとなりました。 お二人は,有名になりたいとか顔を売りたいとかではなく,作品そのもので世の中に影響を与えたいと考えているようです。それはインターネットを主戦場とするデジタルネイティブ世代に特有の感覚なのかもしれません。 M.Bさんには,毎年,教会が若い世代向けにリリースするクリスチャンミュージックアルバム「Youth Music 2017」から1曲,ミュージックビデオの原画を描いてもらいました。M.Bさんのプロフィールにあるイラストはこの原画の1枚です。若い世代を中心に広く共感を集めるプロフェッショナルとして,お二人のアドバイスを頂きながら制作したMV「癒しの水」。特別ボーナストラックとして,お聴きください。 「癒しの水」Youth Music 2017 前のセッション [...]

対談 Orangestar × M.B 通算1,500万回再生の音楽動画クリエイターがヒットの裏側を語る⑨

By | 2017-09-21T12:30:08+00:00 2017年9月20日|Categories: モルモン×人々インタビュー|

動画再生回数1,500万回以上「未完成エイトビーツ」のボカロP:Orangestarと,タッグを組んでヒットを放つイラストレーターM.Bが, 今だから語る制作秘話 Orangestar: 19歳。音楽プロデューサー(ボカロP)。 両親ともクリスチャンの家庭に育つ。自身も幼い頃から家族とともに教会に通う。 高校時代をアメリカのユタ州で過ごす。そこですでに趣味として創作していたボカロ曲に熱中し次々に作品を作る。 イラストレーターのM.Bと出会い、コラボレーション作品がニコニコ動画を中心に人気を集める。 2015年にメジャーデビューを果たし,ファーストアルバムは現在までに1万7,000枚を売り上げるロングセラーとなっている。 M.B作「癒しの水」 M.B:20代のイラストレーター。両親がクリスチャンの家庭に生まれ、自身も教会に通って育つ。 イラストレーターとして独学し,作品の持ち込みから、ゲーム系のイラストレーターとして出発。兄を通してOrangestarと出逢い、同じ教会の会員で、クリエイターであることを知る。そこで意気投合し、Orangestarの書く楽曲にイラストを付けるという共同制作を開始する。 Session 9 名前の由来。夏。そして未来。   M.Bの意味は? M.B:あるバンドの歌っている曲から取っているんです。The Killersっていうアメリカのバンドなんですけど,ボーカルの人がクリスチャンで。彼らがメジャーデビューした曲が「Mr. Brightside(ミスター・ブライトサイド)」っていう曲で。 そのボーカルの人、本人の経験かちょっとわかんないんですけど。付き合ってたカップルがいて,女性の方が浮気したのかな,あるいは結婚したのかな,不倫なのかな,わからないんですけど,そのときに男性の方は非常に苦しんで。いろんな嫉妬とか怒りの気持ちがすごい。でも,ブライトサイド,光の方へって訳していいのかな,その気持ちに従わないとって。何かすごいかっこいい歌だなと思って。別に全然日常生活の,目立たない,別にヒーローでもなんでもない,小さなことなんですけれど。 非常にそういう,ね。現実世界で生きて行くときってさ,小さな壁がたくさんあると思うんだけど,その強い気持ちになって生活するのはかっこいいな,と思って。そして、ただの絵描きじゃなくて,それを自分の私生活(の指針にする)っていう意味で,かっこいいと思ったその曲,ミスター・ブライトサイドの最初のMとブライトサイドのBを取りました。つまるところ,このM.Bというのは僕の,絵描きとして,そして人として,志を持ってやっていくんだという決意が含まれた名前ですね。(笑)Orangestarは名前の通りそうありたいという? Orangestar:うん,ま,最初は,正直な話だと,『未完成』というワードがもともと好きで。ニコニコのアカウントを作るときに名前何にしようと思って,ちょうどそんな言葉遊び(未完成→蜜柑星→Orangestar)を頭の中でしてた時期だったんで,それを名前にしてみようと思って。別にその名前で活躍するつもりはなかったんですけど。そもそもニコニコ(動画)で売れるつもりははなくて,下積み時代の感じだったんです。だからオレンジスターって,何となくその当時あった頭の中の言葉遊びを名前にして。 M.B:何となくだったんだ。(笑) Orangestar:だってそもそも当時は,『未完成』という言葉は特別何もなくて,後から『未完成タイムリミッター』を投稿したり『雨き声残響』を投稿したり。『未完成』っていう言葉に意味がついて,クリスチャン的な意味で見ても,未完成っていうのはまだ成長の余地がある,ずっとね。どこかの雑誌のインタビューで語ったら、勝手に編集の人がかっこいいキャッチコピーをつけてくれて,進化し続ける未完成とか(笑)かっこいい!(笑)ね。 じゃあそういうことにしようかって。(笑)で,やっぱり,人生の中でずっと成長し続ける。うん,完成したと思ったら、そこで成長止まっちゃうし。   ふたりの曲は夏のイメージが強いのはなぜ? Orangestar:僕,夏生まれだし夏が大好きなんですよね。夏には一番楽しいイメージないですかね。僕だけかな。 M.B:俺もあるね。 Orangestar:一番盛り上がってるイメージがある。季節的に。 M.B: 太陽が元気で(笑)。俺は体調的に夏が一番きついんだけど,それでも絵としてもやっぱり夏っていうモチーフが一番,入道雲とかすごい元気で,青空が広がって。 Orangestar:何というか,ひとつの持ち味というか,空の描き方が,(M.Bさんが)いい空を描くんですよね。空を描く上でもやっぱり夏の空って特別じゃないですかね。 M.B:痛快だよね。痛快で爽快だよね。 Orangestar:夏の空とか,記号としてわかりやすいですよね。 M.B:うん,俺もなんか、青春て感じがするんだよな。他に夏にこだわる理由あるかな。好きだから(笑)。 Orangestar:好きだから(笑)。結論を言うと僕が夏が好きだから。   これからのこと。 M.B:アニメにはすごい力がある。キャラ動いて喋って音楽ついて。 Orangestar:その表現の幅がね。今は別にひとつの完成形として1枚のイラストと音楽だけの動画を発表しているけれど,まぁ,それがひとつシンプルな形で,ニコニコ動画として見やすい形だなぁと思っているんだけど。やっぱり作品として作るにはもっといろんな表現があるだろうし,その上でアニメーション。何だろう,世にあるようなアニメーションを作りたいっていうのとはまた違って,表現としてのアニメ。今の延長ではあるんですけど。 『アスノヨゾラ』は動きがあって,あれはやっぱ強いと思うんですね。あんな感じで,あれよりはもっとちゃんとアニメにするんですけど。そういう上でも,何て言うんだ? 才能っていうか,それを持っている人,同じ志を持っている人を。今はふたりで活動しているけれど,ふたりにこだわっているわけではなくて。 M.B:それはそうだね。特化した人がいたらそれはもう。 Orangestar:一緒に目指せる人がいたら歓迎してもっと。 M.B:精鋭チームを作ろうかとか言ってる(笑)。名前何にしようかとか。 Orangestar:そうそう。総合的なアニメーションができたら強いなぁって。それも公開の仕方も動画に,サイトに投稿するだけでなくて。 M.B:ね,もっと広く。 Orangestar:上映会みたいな。音楽とかもやっぱり,鳴らし方もそれ専用の公開手段を作るような。 M.B:もう考えたら楽しくて仕方ないよね。 [...]

対談 Orangestar × M.B 通算1,500万回再生の音楽動画クリエイターがヒットの裏側を語る⑧

By | 2017-09-21T12:30:20+00:00 2017年9月15日|Categories: モルモン×人々インタビュー|

動画再生回数1,500万回以上「未完成エイトビーツ」のボカロP:Orangestarと,タッグを組んでヒットを放つイラストレーターM.Bが, 今だから語る制作秘話 Session 8 活動休止 Orangestar:活動休止。通っている教会の宣教師※1として2年間奉仕に行くんです。それはボカロPを始める前から僕の中では決めていて。だから活動中止というより,一旦予定を元の列に戻してという感じですね。目的はもちろんたくさんの人に会って、クリスチャンの価値観を伝えること。 あとは一旦活動を休止すること自体が目的でもあったり。最高傑作として、ちゃんと満足いくものがひとつ残せたし,キリもいいし,年齢も高校卒業してちょうどいいし。で,一旦活動を休止することで,自分の創作意欲を補給する,そういう意味もあったり。一回離れてゆっくり考えてみる時間もほしかったし,そういう意味でもやっぱり活動を休止することが目的で活動を休止する。(笑) あとは人と話す力をもうちょっと,メンタル的な修行にもなるかなって。兄貴も今,同じ事やっているんですけど,内面的に変化してるなというのが、すごい毎週メールでわかるんですよね。たまに添付されてくる写真とか見ると、誰だこいつ!ってくらい楽しそうな顔してて。だから,うん。(笑) M.B:楽しみだね,2年後。より磨きがかかったものを作ってくれるんじゃないかな。 Orangestar:うん,作品を作る上でも一回,休止というより訓練期間ですよね。もっと良い作品を作るための。 M.B:作品作りは一生やっていくもんね。 Orangestar:うん,そのための2年間なんか,安いもんですよね。(笑) M.B:むしろ特別な経験だから。それでしか得られない,いろんな視野とか、何かあるでしょう。 Orangestar:あとは英語ですね。カリフォルニア州のリバーサイドっていうところに行ってくるんですけど、その間は嫌でも英語を話さなきゃいけない環境になるだろうし、留学だけじゃあそろそろ忘れそうだなぁって。(笑) M.B:英語必要だよね。 Orangestar:英語は絶対に使えるようにしたいし。基本的にいいことしかないから。それが活動休止の理由かな。(笑)M.Bさんのほうは技を磨いて待っている? M.B:そうですね。だから今年もいろいろ目標持ってて,今年はイラスト集出したいなぁと。 Orangestar:個人のイラスト集をついに! M.B:そう。仕事もちょっと今,お休み期間で。ま,Orangestarくんも休止するし,まさにこの時期がベストかなと。 Orangestar:今まで仕事の絵だったり,僕の頼んだ絵だったり,バック描いてたから,ついに自分主催でね,一回やったほうがいいですよね。 M.B:それに何だろう,仕事に向いているか向いていないかってあれね。俺は結構半々なんだけどね。Orangestarくんは完全に自分でやっていくタイプだから、納期とかに縛られるの苦手だと思うんだけど。 まぁ俺も一応,ゲーム系とか制作歴そこそこあるから,60%くらい自由にやりたい人かな。40%はまぁ(仕事)って感じで。 Orangestar:イラスト集。 M.B:その60%くらいを形にしようかなと。(笑) Orangestar:いや,絶対売れると思う。 M.B:たぶん,集大成をね。普通,仕事休んでこういうの作らないから。本当に自分の精一杯を……もちろん使い回しとか一枚もなく,いわゆるイラストのテーマとかも考えて,見た人がどういうことを感じてくれるかとかも考えて,シンプルにね。そしたらすごいの出来るでしょ。(笑) Orangestar:見えますよね。 M.B:そのつもりなんだけどね。だってね,シフトも休んでそれに注力するわけだから,絶対いいものを作りたいよね。 Orangestar:うん。だから(活動休止は)M.Bさんにとってもいい機会ですよね。って,僕が言うのもアレなんですけど。(笑)   ※1 宣教師としての奉仕活動:モルモンの若者たちには教会の宣教師として奉仕活動する機会が与えらている。多くは20歳から25歳までの若者で、高校を卒業後に大学を休学して奉仕している若者が多い。中には、自国を離れ海外で活動する若者もいる。詳しくは http://mormon.jp/宣教師/ を参照。   Session 9 「名前の由来。夏。そして未来」につづく。 次回の更新日は9月19(火)の予定 前のセッション 次のセッション

対談 Orangestar × M.B 通算1,500万回再生の音楽動画クリエイターがヒットの裏側を語る⑦

By | 2017-09-21T12:30:30+00:00 2017年9月15日|Categories: モルモン×人々インタビュー|

動画再生回数1,500万回以上「未完成エイトビーツ」のボカロP:Orangestarと,タッグを組んでヒットを放つイラストレーターM.Bが, 今だから語る制作秘話 Orangestar: 19歳。音楽プロデューサー(ボカロP)。 両親ともクリスチャンの家庭に育つ。自身も幼い頃から家族とともに教会に通う。 高校時代をアメリカのユタ州で過ごす。そこですでに趣味として創作していたボカロ曲に熱中し次々に作品を作る。 イラストレーターのM.Bと出会い、コラボレーション作品がニコニコ動画を中心に人気を集める。 2015年にメジャーデビューを果たし,ファーストアルバムは現在までに1万7,000枚を売り上げるロングセラーとなっている。 M.B作「癒しの水」 M.B:20代のイラストレーター。両親がクリスチャンの家庭に生まれ、自身も教会に通って育つ。 イラストレーターとして独学し,作品の持ち込みから、ゲーム系のイラストレーターとして出発。兄を通してOrangestarと出逢い、同じ教会の会員で、クリエイターであることを知る。そこで意気投合し、Orangestarの書く楽曲にイラストを付けるという共同制作を開始する。 Session 7 シンプルに M.B:この先の作品について以前よりもちょっと考える機会があるよね。作品の方向性について。 Orangestar:そうですね,現在進行形でいろいろと。 M.B:最近の結論としてはやっぱ,シンプルなこととハッピーエンド。 Orangestar:うん。僕はもともとシンプルな方が好き。 M.B:シンプルな面については深いとこついてるよね。教会の教えにもあったし……シンプルって真理,真実だなって思うくらい、世の中煩雑だからさ。奇抜なものが増えているし,評価を得るためにごちゃごちゃしたものが増えているんだよね。で,大体そういうものの内容はネガティブなものとか,今の世の中に何だろう,もうどうしようもねぇみたいな(笑)……もう最悪な世の中だっていう印象を受ける。 シンプルっていうのは俺らの方向性に合致してて,自分たちの信じているところっていうのはかなり大きいと思うんだけど。みんなもいいことはいいって感じるし,微妙なものは微妙って感じるはず。ただそれがあまりにもあふれていて、みんなだんだん麻痺しているところがあると思うんだ。俺らは,いいものはいいっていうのを,何がいいかっていうのをはっきり理解しているつもりだから。 Orangestar:あとシンプルなもののほうが聞ける,聞いている人の幅が広くなるというか。 Orangestar:最近作った『回る空うさぎ』っていう曲があるんですけど。 「回る空うさぎ」2016年11月 Orangestar:この曲は最初から最後までピアノ伴奏に歌が入るだけで、僕の中で一番シンプルかなと思うものなんですけど。 今、祖父母と一緒に住んでて,曲を作っていると,なんかあんまり,そもそも音楽とかに興味ないみたいで。一応、応援はしてくれるんですけど,「よくわからないねぇ」って。でもこの『回る空うさぎ』は,僕が音楽を流しながら動画作っていると,おばあちゃんが「それいい曲ね」って初めて言ってくれて。嬉しかったですね。 M.B:ピアノと言ったら,セカンドアルバムはピアノメインだったね。 Orangestar 2nd ALBUM SEASIDE SOLILOQUIES Orangestar:うん。 僕自身ピアノが好きで前からピアノメインで一枚作りたかったのもあるし、ピアノの音色って、やっぱり誰が聴いても”良い”じゃないですか。 M.B:そうだね,かなり毛色を変えて振り幅の広い層の…… Orangestar:いろいろ僕らの中でも,方向は定まりつつも作品は残せてなかった時期で。でもやっぱシンプルにいこう、ってことでのセカンドアルバム。今オリコンで15位,週間26位。 M.B:方向性としてはね,スカイプとかでよく熱く語り合っていた通りなんだけど,クリスチャンとしての部分もかなり大きい。 Orangestar:クリスチャンの価値観を歌詞の中に,一般の人にもわかる言葉で(表現している)。教会で教えられたことはたぶん体に染み付いているものだろうから,意図的にというわけではないと思うんだけど。翻訳作業みたいなところはありましたね。 M.B:うん,そうだね,それはあったね。 Orangestar:作詞する上でもそう。そういうこと(クリスチャン的な価値観)を一般の人にわかる言葉で。それが1番強いのは『DAYBREAK FRONTLINE』。これは作詞,今までで一番考えながら作ったんですけど。 「DAYBREAK [...]

対談 Orangestar × M.B 通算1,500万回再生の音楽動画クリエイターがヒットの裏側を語る⑥

By | 2017-09-21T12:30:39+00:00 2017年9月12日|Categories: モルモン×人々インタビュー|

動画再生回数1,500万回以上「未完成エイトビーツ」のボカロP:Orangestarと,タッグを組んでヒットを放つイラストレーターM.Bが, 今だから語る制作秘話 Session 6 M.B の苦悩 意気投合し次々と作品を作るふたりだが意外にも性格は正反対。Orangestarは寡黙な性格でありながら,小学生の頃は自作カードゲームに自分ルールを作って友だちの間で流行らせ,高校卒業後はアメリカのあちらこちらを旅する積極派。M.Bは流暢な会話でOrangestarをリードするも,子どもの頃から表舞台に立つよりも陰で支える立場を好み,石橋を叩いて渡る慎重派。   Orangestar:僕は自分が主催の作品じゃないと「あぁ……」ってなる。だからふたりでやるときには僕の頭にあるものを全部絵で描いてもらうみたいな指示して,何回も見て、ディテールが違うとかすごい指示して。これやっててイヤになんないのかなってずっと思ってたんです。僕だったら絶対僕みたいな人と組みたくないですもん。(笑) M.B:俺も,(Orangestarが)俺みたいな人だったらお互い譲り合っちゃって作品作りは難しかったかもしれない。お互い正反対みたいなところがいいんだよね。補い合ってる感じで。俺らはやっぱり出会うべくして出会ったんだなって思う。 運命的な出会いを確信していながらM.BにはOrangestarに話していない苦しみがあった。     M.B:人間的に成長したって言ったらね,実はね,Orangestarくんの知らないところで葛藤があって乗り越えた部分があってね。 アルバム,ファーストアルバム出すあたりから,俺が年上でそこそこ(年が)離れてて,俺はその,自分と活動している年下の人が脚光を浴びてたくさんお金をもらう。それに関して,ほんとつまらない意地なんだけど,俺のほうが年上で,人生いろんなことがあって,大変でって。お金のことに関してね,なんかいろんな嫉妬とか葛藤が一時期あったんだよ。 Orangestar:あぁ……そうなんですね。 M.B:俺も人間だから。(笑) これはね,俺はすぐに乗り越える必要があると思った。これから一緒に活動していく上で。それで俺はその時,ほんとうにそれを克服するように努力して乗り越えた。そういう経験をするという面でもOrangestarくんに会ったのはとても自分を成長させるための機会になってるんだっていう。そういう面でもすごい感謝してますよ。それはだって,Orangestarくんと出会わなかったらそういうの乗り越えるなんてなかったでしょうからね。 Orangestar:強いですね。 M.B:俺は少し長く生きてるから下手なところは見せられないなっていう,そういうのはあるよ。気をつけながらやってるよ。 Orangestar:そうですね,僕自身も地に足がついていない適当な高校生だった。身近にそういう人(M.B)がいて作品作っていると,生活の中でもそういう影響はすごく受けているのがわかるんですよ。4年前とは変わったような。 M.B:うん,すごい変わったね,Orangestarくん。まずよく喋るようになったよね。いや,違うな。あのとき(4年前)があまりにも喋らなかった。(笑) Orangestar:そうですね,今も口数は少ない方ですけど。 M.B:でも変わったよ。俺は最近ね,Orangestarくんの発言に,あ,そうだね!ってハッとしたりして,俺自身もOrangestarくんから学ばせてもらうことがたくさんあるわけなんですよ。 Orangestar:作品作る上でもそうなんですけど,作品作るときのスカイプって8割がた雑談。(笑) M.B:俺が結構脱線させちゃってる気が。 Orangestar:でもM.Bさんとの雑談はいつもおもしろいです。僕からしたらためになる。ひとりだったら気づけないこととか。 M.B:そういう面では俺もそうだね。Orangestarくんの見解や視野を見て、なるほどと。 Orangestar:お互いに気付き合う。           Session 7 『シンプルに』 につづく 前のセッション 次のセッション

対談 Orangestar × M.B 通算1,500万回再生の音楽動画クリエイターがヒットの裏側を語る⑤

By | 2017-09-21T12:30:49+00:00 2017年9月12日|Categories: モルモン×人々インタビュー|

動画再生回数1,500万回以上「未完成エイトビーツ」のボカロP:Orangestarと,タッグを組んでヒットを放つイラストレーターM.Bが, 今だから語る制作秘話 Orangestar: 19歳。音楽プロデューサー(ボカロP)。 両親ともクリスチャンの家庭に育つ。自身も幼い頃から家族とともに教会に通う。 高校時代をアメリカのユタ州で過ごす。そこですでに趣味として創作していたボカロ曲に熱中し次々に作品を作る。 イラストレーターのM.Bと出会い、コラボレーション作品がニコニコ動画を中心に人気を集める。 2015年にメジャーデビューを果たし,ファーストアルバムは現在までに1万7,000枚を売り上げるロングセラーとなっている。 M.B作「癒しの水」 M.B:20代のイラストレーター。両親がクリスチャンの家庭に生まれ、自身も教会に通って育つ。 イラストレーターとして独学し,作品の持ち込みから、ゲーム系のイラストレーターとして出発。兄を通してOrangestarと出逢い、同じ教会の会員で、クリエイターであることを知る。そこで意気投合し、Orangestarの書く楽曲にイラストを付けるという共同制作を開始する。 Session 5 1stアルバム『未完成エイトビーツ』 2015年4月に1stアルバム『未完成エイトビーツ』を発売,その直後に『空奏列車』をニコニコ動画に投稿し,『アスノヨゾラ』から2回目の週間ランキング1位を獲得。『空奏列車』の再生回数は99万回。Orangestarのフォロワー数が1万を超え,M.Bも5000人に。 「空奏列車」2015年2月 M.B:(空奏列車は)苦戦したね。あれは俺のイラストでも最も難しい部類に入るかな。 Orangestar:僕の中では最初から青のイメージがあったんですけど、それがなかなか伝えられなくて。 M.B:俺はゲーム系案件で色使いがカラフルなのばかり描いていたから,一つの色味で統一するっていうのが非常に慣れてなくて。 Orangestar:もうちょっと全体的に青なんですよね、っていうのがなかなか(伝わらなくて),電車の配置とか。でも最終的にサムネから何から、狙い通りのいい感じ。あれはアルバム発表にふさわしい盛り上がりでしたね。 M.B:17歳でボカロとかでメジャーデビューとかあんまいないもんね。 Orangestar:そうですね。メジャーではあったんですけど,当時まだ新しい会社で,お店とかにもあんまり置いてもらえてなくて。だから当日、フラゲ日※1でほぼ完売,発売日にも「全然どこにも売ってないです!」みたいな。2,3週間して再入荷してもらって,そこから売れて,結局オリコンは26位とかでしたね。週間は45位とかで。でもボカロ個人のアルバムがオリコンに入っただけでもよかった。未だに売れてるんですよね。なんだかんだ1万7000枚。 ※1 フラゲ=フライングゲットは、ゲームソフト・漫画・音楽CD・パソコン用パーツなどの商品をメーカー側の指定する正規の発売日より1日以上早く購入する(ゲットする)行為を指す俗語、和製英語の一つである。単にフライング(さらに略してフラゲ)、または早売り、早バレ(早く買う+内容をばらすの略)とも呼ばれる。購入側からではなく販売側から見た場合には、「フライング販売」などと言われる。 「未完成エイトビーツ/クロスフェード」2015年4月(アルバムプロモーション) M.B:ロングセラーってやつですか。すごいよね,個人のものでね。当時の俺らの集大成だったね。 歌詞の挿絵も。 Orangestar:1曲ずつ描いたもん。なんか途中であげられないんで,ふたりとも満足いくまでいっちゃう。技術面ではまだ中途半端でしようがないところがあるけど,その時点での自分の出せるところまでやらないと投稿したくない。 M.B:妥協したくないんだよね。妥協して出すと後悔する。 Orangestar:もちろん毎回できたわけではないけど。歌い手さんとコラボするときとかは特に。基本的に全部自分でやるやつには時間の制限がないけどね。だから1stアルバムを作り終えたあと,仕事の曲とか何曲か書き始めて,そこからの1年半くらい,僕の中でちょっと迷走期に入った。いろいろ考えるようになって。 M.B:仕事が向いてないって? Orangestar:結論から言うと,仕事で書くのは向いてないなって。 全部自分主催,僕ら主体で作りたいものを作るのが向いているなって。で,しばらく迷走して、高校を卒業してセカンドアルバムを作りはじめたくらいからまた楽しくなってきましたね。 Session 6 『M.B の苦悩につづく』 前のセッション [...]

対談 Orangestar × M.B 通算1,500万回再生の音楽動画クリエイターがヒットの裏側を語る④

By | 2017-09-21T12:31:01+00:00 2017年9月8日|Categories: モルモン×人々インタビュー|

動画再生回数1,500万回以上「未完成エイトビーツ」のボカロP:Orangestarと,タッグを組んでヒットを放つイラストレーターM.Bが, 今だから語る制作秘話 Session 4 『アスノヨゾラ哨戒班』 メジャーへ Orangestar:今更だけど、日本の友だちに向けて別れの挨拶みたいな曲を作ろうみたいに僕が勝手に作ってて。僕の中で「あぁ,これいい曲だ,いい曲できた」って思って,M.Bさんもすごい気に入ってくれて。 M.B:うん,とてもよかった。イラスト大変だったね。初めてのアニメーション。 Orangestar:注文を結構して。イラストも「これです!これこれ!」みたいな。その時点でこれは間違いなく現時点での僕の最高傑作になるなって,代表作になるなっていう予感がしていて。もうね,動画作ってる途中も夢中でいろんなアイデア出して,動画反転させるアイデアとか。 M.B:あれは成功だったね。 たしかにあれは最高傑作だったと思う。アニメーションとか画面の切り替えとか,歌の雰囲気とか全部完璧だったと思う。あれかなり手数かけたよね。 Orangestar:で,8月,僕の誕生日の前の日,学校が始まった日の朝に投稿して。投稿してすぐに学校に行ったんだけどね,寝ないで学校に行って,どうかなって反応見ながら。(笑) M.B:青春だな。(笑) Orangestar:でも最初はそうでもなかったんだよね。蝉時雨が1週間で10万回再生だったんだけど。アスノヨゾラも2週間で10万回再生で、おぉぉ!ってなって。 M.B:あれは1位になったよね。反応は遅かったけれど1位になれたんだ。 Orangestar:初めて1位になってそこから一気に注目が集まって。 M.B:アニメーションとか画面の切り替えとか全部完璧だったと思う。かなり手数かけたよね。すげえ大変だった思い出がある。空もかなり悩みながら描いたっていう思い出がある。 Orangestar:そう。で,次の日,僕の誕生日。(笑)16歳,最後の作品ってことで投稿して。 M.B:最高の誕生日プレゼント。祝われたね,みんなに。 「アスノヨゾラ哨戒班」2014年8月 Orangestar:そのあとに前から作ってた『雨き声残響』。あれはM.Bさんが忙しくて。 M.B:俺,めっちゃあの曲に絵が描きたくって。聞いた時に絶対描くって思ってた。今でも悔しい思いがある。(笑) Orangestar:あれは2発ヒットしたから落ち着けるために1回投稿しようと思って。僕は投稿するつもりはあんまりなかったんだけど,父親が投稿すればいいじゃんって言って。あぁいうのがニコニコでウケるとは全然思ってなくて。 「雨き声残響」2014年10月 M.B:確かにそうだね。あきらかに毛色が違うっていう感じかな。 Orangestar:そう。イラストを頼んだのは高校で同じ音楽のクラスだった女の子なんだけど,その子曰く,M.Bさんのイラストを意識して描いたって。 M.B:あぁ,そうなの? 救われた。(笑) Orangestar:(この)3つで流れを作っちゃって。 M.B:それで(人気を)キープしたよね。もうどんどんみんなの目に留まっているわけだから、なんか不動というか。 Orangestar:その次の月くらいにメジャーアルバムの話がメールできて。早かった。 M.B:17歳だもんね,そのときね。 Orangestar:そこからアルバム製作が始まって。 M.B:自分らの作品,いろいろ意味を持たせるようにしてたよね。ジャケットイラストとかもね。ただきれいな景色じゃなくて。 Orangestar:そうそう。飛行機雲の向きまで考えて。帰ってきてるんです,これは,とか。(笑) M.B:世界観の設定とかもやってたね。 Orangestar:バス停の案は完全にM.Bさんなんだけど。朱夏バス,シオン山。 M.B:結構こっそり描いたんだけど,メジャーデビューのサイトで拡大されてつっこまれたもんね。相互フォローの人に。シオンてなんですか?(笑)いろいろ語ってましたね。熱く語ってました。 Orangestar:熱かったぁ。作ったのは冬でしたけど。 M.B:俺らは完全に夏だったね。 Orangestar:そこの頃からやっとというか,活動の方向性がしっかりしてきた感じ。 M.B:確かにね,お互いがしっかりしてきた感じだね。 Session 5 『1stアルバム未完成エイトビーツ』につづく [...]