信子母さんのエッセイ第110回「溢れでる思い出」

第110回「溢れでる思い出」

「ばあ!どーか!いっちょん変わっとらん!(まあ!どうでしょう!少しも変わってない!)」と母。

連れて行った水前寺公園を、母はとても喜んでくれました。

この公園、正しくは水前寺成趣園(すいぜんじじょうじゅえん)は、阿蘇の伏流水が湧き出してできた池を中心にした美しい回廊庭園で、山や浮石、芝生、松などで、東海道五十三次の景勝を模した、と言われています。

熊本といえば、阿蘇、天草、熊本城、そして、この水前寺公園。

わたしも県外の友達を伴って時々訪れるのですが、母にとっては、実に数十年ぶり。

園内を歩いているうちに思い出がどんどん蘇ってきたようで、今日の母は、いつにも増して饒舌でした。

「お父さんが、よう連れて来よんなった(お父さんがよく連れて来てくれたの)。池に鯉のおっでしょが(池に鯉がいるでしょ)、こん橋からお父さんと見よったつよ(この橋からお父さんと見てたのよ)」

橋を渡って、池の横を過ぎ、富士山を模した山の近くを歩いていると、母は辺りを見回しながら言いました。

「この辺ば 信子ちゃんと雄ちゃんが喜んで走り回りよった(この辺りを 信子ちゃんと雄ちゃんが喜んで走り回ってた)」

母の話は続きます。

「忘れもせん。外人さんがひょこっと来て、カワイイ!て信子ちゃんば抱きあげらしたつよ(忘れもしない。外国の方が不意に来て、可愛い!と信子ちゃんを抱き上げたのよ)。わたしゃ、たいぎゃな たまがった!(わたしは本当に驚いた!)信子ちゃんが さらわるっとじゃなかろかて思うたったい(信子ちゃんがさらわれてしまうんじゃないかと思ったのよ)。どがんすっとよかろかて、ほんなこておそろしゅうしてね(どうしたらいいんだろうって、本当に恐ろしくてね)」

当時は外国の方々を見ることは稀で、大きな外国人男性がとても怖かった、と母は言いました。

「信子ちゃんは肥えて色ん白して髪は茶色で、そらあ、人形さんのごつ可愛かったけんね、(信子ちゃんは太って色が白くて髪は茶色で、それは お人形のように可愛かったからね)、外人さんが連れて行ってしまわすとじゃなかろかて、もう気が気じゃなかったつよ(外国の方が連れて行ってしまうんじゃないかと、もう気が気じゃなかったのよ)」

幼いわたしを絶賛する母の親バカぶりがおかしくて、笑いながら聞いていると、その外国の方は カワイイと言いながら母にわたしを返した、とのことでした。

外国の人が、”可愛い”って 日本語で言ったの?と尋ねると、母は、

「そうよ。カ〜ワイイ〜て言わした(そうよ。カ〜ワイイ〜って言った)」

と、声色を真似ているのか 抑揚をつけて言いました。

わたしは笑うばかりです。

「ほんなこて、いっちょん変わっとらんねぇ(本当にちっとも変わってないねぇ)」

懐かしそうに母が繰り返します。

当時のことを覚えてはいないけれど、3〜4歳のわたしと1〜2歳の弟、そして若い父と母が、一瞬、この公園にいるかのような気がしました。

水前寺公園を後にすると、西の空は特別綺麗な夕焼けです。

亡くなったお父さんと雄ちゃんと、また家族として会える日が、いつかきっと来るよ、お母さん。

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