信子母さんのエッセイ第101回「弟のこと」

第101回「弟のこと」

弟は 不登校の先駆者だった。

学校は”絶対” で、毎日行くのは”当然”。

保健室登校など許されていない時代に、中学生だった弟は 学校へ行かなくなった。

弟の休みが続くと、担任の先生、学年主任の先生、生活指導の先生たちが、次々に家庭訪問に来られた。

説得とお説教。

学校へ行かない子の親は肩身が狭かっただろうな。母の涙や怒り、父の苛立ちを、わたしはよく覚えてる。

その頃わたしは高校2年生で、弟の味方だった。

好きなようにさせてやったら?と母にとりなしたら、「子どもは黙っときなさい!」と怒鳴られたっけ。

辛かったな。

学校はそんなに大事?

学校に行かないことはそんなに悪いこと?

好きなことをしたらダメなの?…と、いっばい考えた。

人のアドバイスはバラバラで、誰の言葉が正しいのかわからなかった。人によってこんなにも意見が違うのはどうしてだろう?

変わらないものはないのかな? 真理はどこにあるんだろ?

時が経っても、環境が変わっても、人が変わっても、変わらない確かなものが欲しい。… その思いが、わたしの心を福音に向かわせたんだと、振り返って 今思う。

福音を聞いた時、これだ!と、受け入れることができたのは、ずっと探していたからだ。

半ば強制的に高校に進学させられ、ほどなく弟は不登校になって、ほとんど外に出なくなった。

“引きこもり”なんて言葉もまだ耳にしなかった頃、その道でも、弟は先駆者になったんだ。

人と同じにできないことを許されない。はみ出すことを許されない。

寄ってたかってみんなが弟を潰した、とわたしは思った。

わたしが高校を卒業し、短大に入り、社会人になっても、弟は部屋の中にいた。

怠けてるんじゃない。

何度かトライもしたようだけど、弟は外で働けなかった。

理解が深まっている今なら、いろんなケアもサポートも受けられただろうにな、今なら、もっと楽に生きられただろうにな、と思う。

弟のおかげで、わたしは、世の中にはいろんな人がいることを知った。

多くの人にとっては何でもないことを、ものすごく苦痛に感じる人もいるってこと。

弟はいい人間だった。

優しくて、絵が上手で、器用で、興味のあることには驚くほどの集中力で熱心に取り組む。

頭も良かった。学校の成績は振るわなかったけど。

就職も結婚も望めないかな…と思われていた弟は、わたしが結婚して出産すると、甥っ子姪っ子を可愛がる 良きおじさんになった。

夫が当時していた仕事を手伝ってくれるようにもなった。

病気になるまではね。

タバコの吸いすぎだよ、雄ちゃん。

末期の肺がんと肺気腫で、あっけなく逝ってしまった。

ほとんど写真はないけれど、亡くなる5日前に撮った写真は笑顔。

あれからもう13年が過ぎた。

雄ちゃん、今、何してる?

そっちで もう福音は聞いたよね?

バプテスマは、あなたの甥っ子が受けたよ。 … って、もうとっくに知ってるか。( ◠‿◠ )

あなたがスケッチブックに残した絵、久しぶりに眺めてみたよ。

会いたいな。

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