亡き父といつか再び会える喜びータイ出身ブアチャイヤさんインタビュー

 

健康的な浅黒い肌に、清潔感のある髪型。東南アジアならではの彫りの深さと、知的な形貌を持つも、どことなく親しみやすい雰囲気を感じてしまう青年、ブアチャイヤさん。

街を見渡せば、時折2人組の外国人宣教師が、通り行く人達に声をかけ、メッセージを伝えています。彼もその一人です。国境を越えた異国の地で、彼は何を思い、何のためにメッセージを伝えているのか。タイ出身の宣教師として関東地方で活動する、ブアチャイヤさんから話しを聞いてみました。

 

まず、宣教師としての活動について教えてください。

わたしは末日聖徒イエス・キリスト教会(通称:モルモン)の宣教師です。モルモンの会員は志願すれば、青年時に約2年宣教師としてボランティア活動に携わることができます。
赴任地は教会本部が決めるため、異国へ赴任する宣教師もたくさんいます。わたしは同じ地に赴任している宣教師や、地元の教会員と共に、イエス・キリストの教え(メッセージ)を伝えています。

ー宣教師はボランティア活動なんですね? 2年間の生活費はどこから出ているんですか?

多くの志願者は、ボランティア活動以前に働いてお金を貯めます。わたしも実際、宣教師になる前アルバイトでお金を貯めました。それ以外に、会員から支援などもあり活動を続けることができます。

ー若い頃から、宣教師になるための資金をつくり準備をすることは、決して簡単なことではありませんよね?何か特別な訓練や教えを受けてきたのですか?

いいえ、誰かに言われたり、強いられたりしたことは一度もありません。純粋に「宣教師になりたかった」からです。

わたしはもともと仏教徒の家庭で育ちました。小さい頃は、よくお寺に連れて行ってもらい、勉強や手伝いなどもしていました。母は学校の教師をしていましたが、わたしに特別な躾をすることもなく、他の子と同じように、自由に伸び伸びと育ててくれました。

 

そのような環境下の中、ブアチャイヤさんの人生の一画に、宣教活動を促すきっかけが訪れるわけですね。その時の経験を教えてくれますか?

9年ほど前のことになります。わたしは11歳でした。わたしと母は知人の家に招待され、一緒に食事を楽しんでいました。そこに突然、モルモンの宣教師が訪問して来たのです。

わたしたちは当然初めての経験で驚きましたが、知人は既に宣教師との交流を持っていましたので、共に食卓を囲み、その場を楽しむことにしました。その後、宣教師から「メッセージを聞いてみませんか?」と尋ねられたので、わたしも母もそれを了承しました。しばらくして、母とわたしはクリスチャン(モルモンの会員)になるためのバプテスマ(入信の儀式、洗礼)を受けることにしたのです。

 

タイで暮らすほとんどの人は仏教を信仰していますよね?少なくとも日常生活の中で、その影響は多くの場面で関わってくるとも思いますが、お二人にとってその日常を変えてまで信仰を守ろうと決めた価値とは、どのようなものだったのでしょうか?

宣教師のメッセージは温かく、心に響くものでした。

わたしが9歳の時、父は交通事故で亡くなりました。母は女手1つでわたしを育てなければならなくなり、家事と仕事を両立しながら、一生懸命わたしを育ててくれました。その時の母の悲しみと苦労の胸中を推し量ることはできません。

宣教師が伝えてくれたメッセージには「イエス・キリストを受け入れ、忠実に従うならば、家族と永遠に結ばれる」という教えがありました。その時、子どもながらに「いつの日か父と再会できる喜び」と「家族としてずっと一緒にいられる嬉しさ」で胸が熱くなったのを今でも覚えています。キリストのおかげで家族は再会することができるのです!

確かに、信仰生活が始まるとともに、毎週日曜日に教会へ出席することや、お酒やたばこを利用しないことで、友達の輪や質が変わり、大変だと感じる時もありました。ですが、ベストフレンドはいまだに変わりませんし、教えを守ることによって得られる喜びを通して、母やイエス・キリストとの関係が強まっていくのを感じています。

 

ブアチャイヤさんとお母様にとって、宣教師から聞いたそのメッセージは、本当に大切なものだったんですね。大事なお母様を残し、異国の地で2年間の活動に従事するのは勇気が入ることだったのではないですか?

母は喜んで送り出してくれました。わたしも当初は、地元であるタイ国内で活動するとばかり思っていましたので、日本と聞いた時にはさすがに驚きましたが(笑)。今でも定期的に母とはEメールで連絡を取り合っています。

 

実際、日本での活動はいかがですか?嬉しいこと、大変なことなどがあれば教えてください。

やはり言葉の壁は常に感じます。今では日常生活や、布教活動する上で最低限のコミュニケ―ションはとれるようになりましたが、当初、英語も日本語も話せなかったわたしにとって、英語を公用語とする外国人同僚と英語で話し、日本語でメッセージを分かち合うことは想像もできない苦悩でした。ですが周りの方々が、わたしの言葉を理解しようと熱心に努めてくださり、少しずつ話すことへの恐れが消え、今では積極的にコミュニケーションをとることができています。

宣教師としての活動はとても楽しいです。毎日色々な方に声をかけますが、それぞれ独自の価値観を持っておられ、そこに触れることができた時、大きな喜びや気づきがあります。

 

人の価値観に触れ話し合う機会は、宣教活動でしか得られない特別な経験のように感じました。ですが、多くの方々が声をかけられても耳を傾けるわけではないですよね?

実際は、声をかけても断られることの方が多いです。時々、立ち止まって話を聞いてくれることに、逆に驚いてしまうこともあります(笑)

日本は、タイと同じ仏教を信仰している方が多いですが、日常生活において、その影響を受けている人がほとんどいないという印象です。どちらかというと、宗教に対してネガティブなイメージを持っていて、そのことについて話したがらない方が多いようにも思います。

 

日本の宗教に対する国民性は、他国からすれば特異な存在なのかもしれません。話しかけるたびに断られる日常に落胆することもあるかと思います。それでもなお、メッセージを伝えようとする原動力はどこから来るのですか?

イエス・キリストの教えは、わたしの人生を変えてくれました。イエス・キリストの教えを通して、わたしと母の心に平安と喜びが生まれました。この喜びを一人でも多くの方に、知ってほしいです。

わたしは、全ての人は、神様の子どもであると信じています。断られることが辛い時もありますが、みな同じ神様の子どもだと思うと、もう一度声をかける勇気をもらえます。人種を問わず、全ての人は家族を大切に想っています。特に、日本の方々はそうです。永遠に一緒にいられる喜びを、宣教師として伝えられるこの機会を、誇りに思います。

 

ブアチャイヤさんを動かす源に、自らが宣教師を通して得られたメッセージへの感謝と確信があることが分かりました。最後に、イエス・キリストの教えの中で、好きな言葉があれば分かち合って下さい。

わたしたちが聖書と同じように信じているモルモン書に、このような言葉があります。

『見よ、神はわたしの救いである。わたしは信頼して恐れない。主なるエホバ(イエス・キリスト)は、わたしの力であり、わたしの歌である。また、主はわたしの救いとなってくださった。』(モルモン書:第2ニーファイ22章2節)

母を残し、活動をしていることも含め、色々な不安や恐れはあります。ですが、わたしはイエス・キリストを信頼していますし、これまでもたくさんの良い出来事を経験して来ました。これからも確固たる想いを持ち、この素晴らしいメッセージをたくさんの人と分かち合いたいと思います。

 

颯爽(さっそう)と語るブアチャイヤさんの視線の先には、11歳の頃に感じた「父親と再会」が常に映し出されているようでした。
自身が感じた喜びを、それをまだ知らない人々にも伝えてあげたい…そんな誰もが持っている純粋な想いが、言葉も文化も異なる異国の場所で彼を動かす原動力となっているのでしょう。

 


彼を支えたキリスト教の価値観について、さらに知りたい方はこちらから
 

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【About Us】モルモンの宣教師って何をするひと?

 

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